第13話 惨酷な実像

 背後には人間味のない少女と四十代くらいだと思われる大男、前方には同じような仮面をつけた若い男……俺と伊吹いぶきは今、敵に挟まれている。


 ……駄目だ、逃げようにも逃げ場がない!!


 仮面をつけた若い男はきっと父さんが片付けてくれる。 でも、後ろの2人はどうすれば……


 それに、飛華はもう……殺されてるかもしれない。


「……どうするんだよ? 俺たちこのままだと殺さ……」


 伊吹がそこまで言かけたとき、少女が目にも止まらぬ速さで横を駆け抜けた。 少し遅れて風が髪を揺らす。


「……あれ、本当に人間なのか?」


 伊吹は隣で目を丸くしながらそう呟いた。 確かに人間だとは思えない……動きが


「デュース、邪魔者に毒針を刺せ」


 大男は少女にそんな指示をした。 邪魔者って父さんのことなのか……毒針なんて刺されたら一撃で殺される。


「待って下さい! この男は俺の獲物です! 俺に殺らせてください!!」


 若い仮面の男が必死にそう訴える。 その様子に初老の大男は呆れた様子で溜息をつく。


「……ならばさっさと殺れ、ルガ。 デュース、お前は攻撃をやめろ」


 大男の声にデュースと呼ばれた少女は黙って応じた。 大男の指示に少し安堵したように見えたのは気のせいか……?


「ど、どうするんだよ……!?」


 伊吹はそう言いながら俺の両肩を掴んで揺らす。 正直、俺に言われても困る。


 ルガと呼ばれたあの若い仮面の男は父さんが必ず倒してくれるはずだ。 でも、ひとつだけ問題がある……


「父さんはきっと、あの子供を殺せない……」


「……俺たちが殺るしか無いのか……?」


 伊吹は殺気で溢れた眼光で少女を見詰める。 意外にも戦う気はあるようだ。


 飛華は俺達と同じ年頃の女だと言った。 背丈からしてあの少女は俺と同じくらいの年齢……養母を殺したのは奴で間違いない。


 でも、いくらなんでも人を殺すのは怖い。


「……もしかしたら、あの若い男の人を止める方がまだ簡単かもしれない。 まさか子供が攻撃してくるとは思わないだろうし、」


 あんなと戦えば多分こっちが死ぬ。 ここから見える範囲は限られているが、少女と戦うよりは安全だろう。


「……伊吹は向こうから飛び出してくれ、俺は右から回る。 あの男の所まで行ったら合流して倒す……少女化け物はそれから何とかしよう!」


「……えっ? 俺は刀を持ってるから良いけど、お前まだ武器がないのにどうやって……」


 俺の提案に伊吹は首を傾げた。 確かに俺は真剣はまだ扱っていない。


「俺はおとりになることしか出来ないから伊吹があいつを斬るか何かするんだ、」


「い、嫌だ!そんなの……」


 今まで殺気に溢れていた伊吹は土壇場になって殺すことを拒んだ。 とは言え、ここまで来て引く訳にはいかない。


「良いから行くぞ!!」


 玄関前の柱を蹴って勢いよく飛び出した。


 稽古からそのまま持っていた手裏剣を若い男の方へ 投げながら走る。 一つも命中しなかったが、気を引く程度にはなるはずだ。


 伊吹もちゃんと男の方に向かっている……


 これなら いける!!


 ……そう思った矢先、若い男の顔で唯一覆われていない口元、その口角が不気味に上がった。


 金属が地面に落ちる音が耳に入り、男の顔から伊吹に目を移す。


 伊吹の手には何も握られておらず、足元にはやや小ぶりな刀が転がっていた。


「餓鬼の考えた作戦なんてお見通しなんだよ!!」


 耳に残る憎たらしい声で若い男は言った。


「お、お前たち!何で出てきた!!」


 父の驚くような、叱るような声が響く。

 敵は三人もいるのに父さんは伊吹に気を取られている。


 このままだと二人とも殺される……!


 俺は歯を食いしばり、殺される恐怖でガタガタ震えている伊吹を押し退けて足元に転がる刀を拾い上げる。


 刀を両手で握りしめ、自分の体ごと刀に任せるようにして目の前の男を思いっきり突き飛ばした。


 衝撃が刀を伝って両腕が痺れる。反射的に瞑ってしまっていた目を開けると、真っ赤な自分の手と握る刀……そしてそれが食い込んでいるものがあった。


 ── ケポッ、


 そんな音と共に自分の手に赤い液体が大量に流れ落ちてきた。


 顔を上げると、仮面の下の口から血を垂らしている男が……瞳孔は開ききっており、肩をがくりと落としている。


「た、たた、鷹……」


 背後から聞こえてくる伊吹の声で我に返ると俺は自分の置かれた状況をようやく悟った。


 ……人を殺してしまったのか?


 それに気づいた頃には既に手の震えが止まらなくなっていた。 自分の手で人間を殺めてしまった……心拍が早くなり、頭がガンガンする。


 ──グサッ


 左腕に刺されるような猛烈な痛みが走った。 喉から声にもならないような悲鳴が漏れる。


「……邪魔者は息子に気を取られている。デュース、今のうちに殺れ」


 後ろからそんな低い声が鼓膜に響く、父さんが殺される……


「……これは何だ?」


 デュースが首を傾げながらこちらに歩み寄ってきた。 不思議なことに少女からは殺気が全く感じられない。


「そいつは標的だ。その前にそいつの親を殺れと言っているだろう、」


 大男はデュースの質問に低い声音で脅すようにそう答える。


「……違う。 標的の腕に刺さってるのは何だ?」


 デュースはそう尋ねながら俺の左腕に刺さった刃物を指差す。


「毒使いの女がクラゲの刺胞から試作した毒を塗った短剣だ。 それにしても命令を聞かないとは……もう良い、邪魔者はこの私が片付けよう、」


 大男は呆れた様子を見せると、黒くて長い上着の袖を肘まで上げた。


「……俺を殺す前に一つ聞きたいんだが、お前たち〝蛇使い〟の目的は一体……」


 その声で振り返ると、戦う気がまるで無い

 父さんが立っていた。


 ……今、父さんは〝蛇使い〟って言った。 もしかして、それが仮面の集団の名前なのか?


「悪足掻きしないとは賢明だな。 だが、教える訳にはいかない。 組織名を知っているなら尚更だ、口を封じなければならん」


 男は仮面から覗く口角を上げてそう言った。


「話が通じる相手では無いか……」


 父さんはそう呟くと、〝金属にしては珍しい光沢を持つ刀〟を手に横から斬り入れる。


「残念だが、そんな包丁に毛が生えたような代物では蛇使いは倒せんぞ、」


 大男がそう言った次の瞬間、父さんの身体から刀と、それを握る手首が離れた。


「父上!!」


 地面に落ちた父さんの手から刀を引き抜いた伊吹は男に斬りかかろうと立ち上がる。


「よ、止せ伊吹!!!」


 俺は伊吹の袴の裾を引っ張って後ろに転ばせようとしたそのとき、横から現れた背中を銀色の何かが引き裂くようにして真っ二つになった。


 ……一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐにそれを悟った。


 裾を引っ張られて尻もちを着いた伊吹は、幸いにもその衝撃で目を閉じていたらしい。


 俺の網膜と脳裏には……両手首が無くなった父さんが、俺たちを仮面の男から庇って斬られた瞬間が色濃く、そしてはっきりと焼き付いた。


 心臓が口から飛び出るのでは無いかと思うほど強く脈打つ。 脈拍に合わせて視界が揺れているように感じる、胃が絞られるかのように痛い。


 玉砂利で敷き詰められた庭にあっという間に赤が塗り潰されて広がって行く。


「……邪魔者は始末した。 さっさと標的を殺れ、デュース」


 何事もなかったかの様に白い仮面の一部を赤く染めた男は淡々とそう言った。


 デュースは茜色ではなく、深く藍染した布のような紺色の瞳を見開いたまま、男に応えることなく黙り込んでいる。


 その様子に男はデュースの前髪を掴み、引きちぎれんばかりの勢いで頭を乱暴に振り上げた。


「……デュース、目の色が元に戻っているぞ」


 男は少女の顔を覗き込みながらそう脅す。その言葉にデュースは紺色の瞳を一層大きく見開いた。


「……ちょ、ちょっとローゲント何してるの !? デュースは物じゃなくて人間だから乱暴に扱うのは止めろって何回も言った……って、何で標的に試作の毒を投与してるの?」


 背後から物音と共に若い女の声が届いた。 振り返ると、亜麻色の髪を肩まで伸ばした仮面の女が驚いた様子で立ち尽くしている。 その様子にローゲントと呼ばれた大男は溜息をついた。


 ローゲントはデュースの頭を掴む手を乱暴に離し、そのまま地面に投げつけるようにして突き放した。


 それでも彼女は一切表情を変えていない。 やっぱりあれは化け物だ、


「殺すのは勿体ないので被検体モルモットにしたんだ。 だが、子供の致死量でもピンピンしている。 思いついたんだがリギアナ……こいつを三体目トレイにするのが最適だと思わないか?」


「……冗談だよね?」


 亜麻色の髪をした女は少し後ずさった。 それに対して男は仮面の下の口角を怪しく上げる。


「デュース、標的を殺さなくても良い。 その餓鬼をABM-P03にする」


「……えっ?」


 ローゲントの言葉にデュースは紺色の目を丸くした。


「デュース、お前はその餓鬼を気絶させて連れて来い」


 そう男が言った瞬間、デュースの瞳は茜色に戻る。


「……分かった」


 デュースは俺の目の前に広がる父さんの血の海の上をまるで水たまりの上でも歩くかのように平然とこちらに向かってくる。


 そして、父さんの亡骸を飛び越え、俺のすぐ手前に着地した。


 目が合ったとき、彼女の瞳はだった。


「……すまない、」


 デュースはそう呟きながらこちらに小さな右手をかざす。

 ……こいつ、俺を気絶させるんじゃなくて、殺そうとしているんだ……先程まで全くなかった殺気からそう悟った。


 避けるために立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、その場に転ぶ。


 刃物が刺さったままの左腕から左足の方まで痛みのように感じるほどに痺れている。


 そうか、俺の身体には毒が回っている。 だから動けないんだ……父さんも母さんも、養母も殺された。


 飛華も殺されているかもしれない。


 それなのに俺だけが生き残るなんて……もうどうでも良い、こんなことなら早く母さんの所に行きたい。


 ずっと刃物が刺さった左腕を握りしめていた右手を下ろし、瞼をきつく閉じた。

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