幕間 〜小さな殺人鬼と復讐者〜

第11話 不穏な足音

 1835年……ちょうど不気味な仮面の集団が彷徨さまよっているという噂話が少年の暮らす町に伝わって来た頃。


 天保6年を迎えたこの国では今、多くの人々が飢饉ききんに見舞われ、農作物は不作、人は病に倒れていた。



 とある武家屋敷の一室、畳の上に敷かれた布団で上体だけを起こしているのは、後に鎖国さこくと呼ばれる他国との交流を断絶する政策をとっていたその国ではかなり珍しいの女だ。


 力なく咳き込む様子を心配そうに見つめる少年と、すやすやと眠る赤子。 ようやく咳が治まった女は血色の悪い顔に優しい笑みを浮かべた。


「……良い?をした奴らがこの町に来たら、父さんを置いて行っても良いから飛華あすかと一緒にお城に逃げてね。分かった?」


 女は肩まで伸ばした淡い茶色の髪を風に揺らしながら、それより幾分か濃い茶色をした少年の髪を優しく撫でる。


「えっ、じゃあ 父さんはどうするの?」


 痩せこけて骨張った手で頭を撫でられていた少年は首を傾げる。


「父さんは強いから大丈夫だよ。きっとそいつらを倒してお城まで迎えに来てくれるから安心して逃げてね」


 女はそう言い終えると青白い顔で笑った。 その顔色の悪さからその女は先が長くないことは容易に想像出来る。


「分かった!」


 ……それが、そう頷いた少年と母親が交わした最後の会話になった。



 その少年はとある武士の家に生まれた。


 それも、天下を奪い合う時代から今まで数々の戦いで生き残ってきた歴戦の武家である。

 平和な世の中が到来してからは戦う機会を失ったものの、の主格として活躍していた。


 そんな家に生まれついた少年は物心ついたときからあらゆる武術を教わり、五歳になる頃には当然のごとく木刀を握っていたからか、同じ年頃の周りの子供と比べて才能があるように見える。


 しかし、実際のところは経験によって得た実力が才能を装っていただけで、彼はいたって普通の子供だ。



 彼の母親は翌朝、結核けっかくという病気でこの世を去った。


 ****


「これより、リヴォルトの新たな任地を発表する!!」


 リヴォルト──鏡界線きょうかいせん外宣教師団に所属している男が教会で大声を張り上げた。


「聞くが良い!! 次の任地は〝鏡の向こう側〟だ! 恐らく越鏡者アリス共もそこに居ると思われる。既にメディリオから数人向かわせたが、病原菌を撒き散らす程度では健常者は殺せない」


 教会内に男の低い声が響き渡る。 メディリオとは薬を扱う集団で、所属しているものは毒薬師とも呼ばれる。


「正直なところ、リヴォルトだけでは少し人手不足だろう。だが我らは宣教師だ、布教してクレアツィオーネ様を愛する蛇使いを増やせば良い」


 男の言うクレアツィオーネとは、この世界の創造神だ。 クレアツィオーネを信仰する者、信徒が蛇使いと呼ばれている。


「それに我々、X・THIRDエックスサードには切り札がある。……手配の方は頼んだぞリギアナ、」


「……承知致しました」


 リギアナと呼ばれた亜麻色の髪の頭を深く提げていた女は、“JOKERジョーカー”と赤く刻印された仮面で覆われた顔を上げた。


 ****


「何で俺がこんな奴らの兄にならないといけないんだよ、ここは俺の家だ!」


 異母兄は目鼻立ちの整った顔をしかめてそう言った。 彼の名は久遠くおん 伊吹いぶき、幼名は鷲之助わしのすけ。 俺と同じく久遠家の側室の息子だが、腹違いで歳は二つ上だ。


 うちは幼名に猛禽もうきんの名を付ける伝統があるらしく、俺は鷹ノ丸たかのまるという幼名を与えられた。 皆からは略して鷹と呼ばれている。


伊吹いぶき、この子達は母さんを病気で失ったんだ。 放っておく訳にはいかないだろう? 男ならごちゃごちゃ言わずに受け入れな!」


 異母は豪快に実の息子の背中を叩く。


「そう言われても……」


「頼りない兄貴になっちまいそうだね……今日から私が母さんだ、宜しくね二人とも」


 異母兄……いや、義兄になった伊吹の言葉に新しい母親は溜息をつきつつも明るい笑みを浮かべた。


「よろしく おねがい します!!」


 六歳の妹は元気よく挨拶する。 この子は飛華あすか、俺と同じ腹から生まれてきた妹だ。 俺とよく似た少し赤みを帯びた茶髪をお下げにしている。


飛華あすかは元気が良いねぇ、可愛い娘が出来て嬉しいよ!」


 養母は飛華と俺の頭をがっしりと掴むように撫でてくる。 ……正直、結構痛い。


「俺は嬉しくない!!」


 そう駄々をこねる伊吹をなだめる様に養母は肩に手を置いた。


「そう言わずに、可愛い義妹いもうとじゃないか。伊吹も長男なら仲良くしな!」


「分かった……」


 伊吹は不服そうにそう呟く。 一人の男を取り合う立場にある家の子供をいきなり家族に迎えろというのは無理があるし、気前の良い異母が引き取ってくれるとは思っていなかったので俺もまだ戸惑っている。


「よーし!良い子だ!!」


 養母はその豪快な仕草からは想像できないような華奢な腕で三人まとめて抱きしめた。




 ……それから、伊吹が俺の義兄になって二ヶ月。


「いつまで経っても弱いなぁ〜! だから俺の幼名に使われているのがわしでお前がそれより小さいたかなんだよ!」


 今日も義兄はそんな風に罵ってきた、いつもこうだ。


 くだらない事で人の揚げ足とってたら嫌われるぞ……口に出したら面倒なので本音は心に閉まっておこう。


「俺より伊吹の方が身体が大きいから、今は伊吹が勝って当たり前だと思っ……」


だと?そう言うなら見てろ!! 俺は鷹が大きくなって同じ背丈になっても絶対に負けないからな!」


 伊吹は鼻息荒く、せっかくの整った顔立ちを台無しにしながらそう主張する。


「そう言うならやって見せろよ!」


 と、この二ヶ月で手に入れた度胸でそう言い返してやった。


「ふん!!当たり前だ!! 生意気な鷹には団子分けてやらないならな!」


 伊吹はそっぽ向くと、団子の金をねだりに家に入っていった。


 ……伊吹は口が悪いけど別に嫌いではない。 団子を分けてやらないと断言したが、何だかんだ言っときながら俺と飛華に一本ずつくれるのも憎めない理由なのかもしれない。




 それからしばらくして、引き戸が開く音と共に義兄のか細い声が玄関から届いた。


「……団子買いに城下町の方に行ったら、なんか変な奴らがうろついてた、」


 みたらし団子を手に持った伊吹は “ただいま”と言うより先に力なく呟きながら、こちらに団子を寄越してきた。 団子は分けてやらないとか言ってた癖に。


「変な奴ら?」


 養母が眉間にしわを寄せながら聞き返す。


を目元だけを覆うようにした奴。それも集団……」


 白くて不気味なお面……その聞き覚えのある単語と嫌な予感をもとに記憶を探る。


「……“白くて怖い仮面の奴らがこの町に来たら城に逃げろ”って母さんが死ぬ前に言ってた、」


時雨城しぐれじょう……そこが一番近い城だけど、確か鷹の母さんはだったっけ?」


 養母の質問に首を横に振って見せた。

 ……俺の母親はアリスという名前ではない。


「“不気味な仮面の集団が来たら城に逃げろ”って口を揃えて言ってたっけなぁ……」


 養母は目を斜め上に向けながら手を顎に添える。


「じゃあ逃げた方が良いんじゃ……」


「いや、町の人に伝えてからだ。 被害が拡大しちまったら大変だからね、」


 と、養母は伊吹の言葉に首を振る。


「じゃあ俺たちがみんなに……」


「子供が家から出て殺されたらどうするの? 伝えに行くのは私たち大人で十分だ。 お前たちは家で留守番してなさい、」


 俺が言い終える前に養母はそう口を挟んだ。


「は、母上……」


 横で鼻をすする音がして素早く義兄の方に目を向けて思わず二度見……いや、三度見した。


 ……えっ、泣いてる。


 俺はこんなにも頼りない義兄と城まで逃げるのか……?


「泣くな伊吹、お前は長男だろ?」


 養母は呆れた様子で伊吹の肩に手を置く。 全くだ、伊吹の代わりに俺がしっかりしないと。


「……分かってる!!」


 伊吹は小さな子供が泣きわめくように声を上げた。


 ……ってお前いくつだよ、もう十歳だろ? 六歳の飛華の方がよっぽど肝が座ってる。……妹はこの状況でも堂々と昼寝を続けてるし、末っ子より頼りないとか勘弁してくれ!


「……安心しな。 こんなんだけど母さん、薙刀なぎなたの腕なら父さんにも誇れるぐらい強いんだよ! ……鷹、お前の母さんからの言葉は私が引き継いで みんなに伝えてくる。 お前が思い出してくれたからみんなに伝えられる……偉いぞ、」


 義母は掻き回すように頭を撫でた。 この人、良い人だけど頭撫でるときとか色々豪快で雑だしちょっと痛い。


「でも、伝えに行ったせいで義母はは上が犠牲になったら、俺が殺した事になるんじゃ……」


「親の義務は子供を育て、守り抜くこと。 それに私を殺すとしたら仮面の奴らだ、鷹がその罪は問われる必要はないし、お前の役目は家に残って妹を守ることだよ」


 養母はまっすぐ俺の目を見る。 この人、伊吹のこと当てにしてないんだな……と悟りながら責任感の重圧に思わず唾を飲み込む。


「……分かりました」


「お天道様が空の天辺てっぺんまで登っても私が帰ってこなかったら必ず三人で時雨城に逃げるんだよ!」


 養母はそう言って立ち上がった。 これが最期の会話になったりしたらどうしよう……そんな縁起でもないことを考えてしまう自分が嫌いだ。


「はい!」


 不安を誤魔化すように威勢よく返事をしたが、伊吹の返事はどこか声が震えるように聞こえた。


 ****


 月明かりに照らされた仮面が不気味に光る。 ここは家の屋根の上、雲以外に月を遮るものは何も無い。


「今日と明日、この2日間で地形を覚えろ。 途中で人間と出会っても殺さなくて良い、今騒ぎ立てられると困るからな……」


「うん、」


 そう答えた少女の瞳に月明かりは届いていない。


「もう1つ良いかデュース、」


 男の声に少女は無表情のまま首を傾げる。


「……混血児ブレンディストを見つけたら報告しろ。 分かったな?」


「分かった、」


 ……そう返事するしかなかった。 首を横にふれば怒られる、でもいい子にしてたら怒られない。 だから私は首を縦に振るしかなかった。


「では、明日の昼に路地裏に集合しよう」


 ローゲントがそう言うと、リヴォルトの面々が別々に行動を始めた。


 とにかくこの町の地形を覚えないと、そう思いながら屋根から飛び降りると背筋がぞわっとした。 ──人の気配だ。


 物陰に素早く隠れるようにしゃがんで会話を聞くために耳を澄ます。


「皆よく聞いてくれ!!近頃、白い仮面の集団がこの町にうろついている。 目撃したらすぐにその場から逃げ出して、時雨城へ逃げろ!!」


 そんな威勢の良い女の人の声が聞こえた。白い仮面の集団……蛇使いのことか。


 私は付けないが、ローゲントやリギアナは顔がばれないように蛇の顔みたいな少し怖い仮面を付ける。


 これって報告すべきなのか……?


 でも、混血児ブレンディストを見つけたら報告しろとしか言われてないし、これで死ぬ人が減るなら言わなくても良いか。


 私はそのまま音を立てないようにして人気ひとけのない方に早歩きで去った。


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