第一章 〜動き始める運命の歯車〜

第1話 再会の初会

『デュース、これが多分私からの最後の命令になると思うんだけど〝救うために■■■せよ〟これだけは何があっても忘れないで。 ……あとは任せたよ、



 ──目が覚めた。 ぼやけた視界をはっきりさせる為に二回ほど瞬きをすると、太いむき出しのはりと天井が鮮明に映る。


 勢い良く上体を起こし、布団を蹴飛ばして部屋を見回してみる。


 見覚えのない素材で出来た床、 独特な匂い、木が軋む音、鳥の囀さえずり、淡く光が透ける格子状の壁……いや、引き戸のようになっているのか。


 引き戸を開いてまず薄紅色の花が散りばめられた庭が目に飛び込んできた。 ……ふと、視界の左側に人影が入り、全身に緊張が走る。


 腕を組んで柱に背中を預けている少年……いや、少女か? 少なくとも、見た目からして自分と同い年くらいなのは確かだ。


「奥方様がお呼びだ。 着いて来い」


 口調からして鷹は恐らく少年。 目元を隠す前髪は茶色く、黒髪の私より色素が薄いのが見て取れる。


 少年は一度もこちらに視線を寄越すことなく、俯いたまま淡々と部屋の前から去っていく。 その無愛想な態度に少しモヤモヤしながら仕方ないので後を追う。


「あの、ここは?」


「……ここは時雨城しぐれじょうの本丸だ。 その部屋に入れ」


 しぐれじょう、城か。 にしても何で私は城なんかに……? 思い出せないが、少年の圧が怖いのでひとまず部屋に入ろう。


「失礼します……って、ん?」


 だだっ広い部屋を埋め尽くす人々に目を剥いた。 とにかく独特な頭髪をしていたからだ。


 禿げている。 いや、剃っているのか? なのに後頭部と真ん中だけ髪を結っていて、とにかく変な髪型だ。


「あの……何で皆おかしな髪型なんですか?」


 思わず隣で棒立ちしている少年に尋ねてしまった。


「あれは丁髷ちょんまげ、ここらでは普通の髪型だ」


「は、はぁ……そうなんですか……」


 この土地の男達はこの髪型が格好良いとでも思っているのか? 変わった文化だな。


 対して少年は普通の髪型……低めの位置で髪をひとつ括りにしているだけで、額を中途半端に丸刈りにして余りを結ったような“ちょんまげ”ではない。


 口調から男と判断したが、容姿だけ見れば女とも取れる。 もしかすると鷹は、男まみれで育った故に自分のことを“俺”と呼んでいるだけの少女なのかもしれない。 そう思ってから見ると、顔も可愛らしいし、割と華奢だ。


「名はなんと申す?」


 丁髷頭の男がこちらに質問を投げかけて来た。 名前……あれ? 思い出せない、口からすんなり出て来ない。


咄嗟とっさに答えられないとは……貴様、さては間者かんじゃだな!?」


 私に名前を尋ねてきた男が身を乗り出し、唾を飛び散らしながら叫んだ。 ……“かんじゃ ”って何だ?


「“かんじゃ”って何ですか?」


 再び少年に質問を投げかける。 質問ばかりで申し訳な……いや、何も知らないんだから仕方ない。


「敵の元で味方の振りをして情報を内通する者のことだ。 ……そうならそうと正直に話した方が身のためだぞ」


 少年は淡々とそれを耳打ちして、私のことを間者と呼ぶ者たちの元に着く。


 なるほど、疑っていたからあの無愛想だ。 敵どんな奴かなんて知らないが、敵と馴れ合う馬鹿など居ない。


 ……だが、正直に“何も覚えてない”と言っても信じて貰えるだろうか? 下手に嘘つくよりは良いか。


「名前も、何も覚えてません。 何も思い出せないんです……」


 少しだけ肩をすくめながら正直に事実を話した。


「嘘を言っても無駄だぞ小娘」


 肩を竦めたのが仇となったか……いやいや、嘘は言ってない。 至って正直に話した。


 少しだけ相手の立場になって考えてみよう。 城に何故か子供が侵入、しかも子供は記憶喪失なんてスパイと疑われて当然か。 それとも本当に私が──


「ま、待って下さい! その人、嘘はついてないと思います」


 自分のことすら信じることが出来なくなり始めたそのとき、透き通った声が耳に届いた。 声の主は黒髪を真っ直ぐに伸ばし、大きな瞳に涙ボクロ、整った顔立ちの少女だ。


「……そもそも、本当に間者であればもっと上手い嘘をつくと思いますよ」


 ごもっともだ。 スパイなら敵の内情とか調べ上げてもっと上手い設定を作るだろう。


「一理あるな。 ……ここでは実力が全てだ。 実力さえあれば城に置いても良い」


 ちょんまげの男は腕を組んだままうんうんと頷く。 口を挟んだのが美少女だったからとは言え、随分と変わり身が早いな。


「そうですね。 では、一年後の秋に開催する大会で実力を示しなさい。 ちょうど鷹を出場させようと思っていましたので」


 今まで黙っていた女性が初めて口を開いた。 頭の低い位置で長い黒髪を束ねており、切れ長の目から冷静な雰囲気が伝わってくる。


「えっ、奥方様……」


 少年は軽く口を開いたまま消え入りそうな声を発する。


たか、何か不満でも?」


 奥方様と呼ばれた女はそんな少年の顔を覗き込むようにしながらそう問いかけた。 口調は柔らかいが、少し威圧を感じる。 どうやらあの少年は鷹という名前らしい。


「いえ……分かりました」


 鷹は俯きながらぼそりと答えた。 本当は不満があったのだろう。


「では、それで決定ですね。 記憶喪失のお嬢さん、あなたは部屋に残りなさい。 ……あなたに名前を与えます」


「はい!」


 案外とんとん拍子で城に残れる事が決まってしまった。 ──まるで、かのように。



 ちょんまげの男達が去った広い部屋に奥方様と2人向き合って座る。


「今日からあなたの名は時雨しぐれ 琴乃ことのです」


 しぐれ、ことの…… 脳内で名前を復唱してみる、何だか気に入った。


「素敵な名前をありがとうございます……! そういえば鷹と大会に出ろって言ってましたけど、鷹一人では出場しないんですか?」


「あの子は実力はありますが、精神面がとにかく弱い。 見ず知らずの人しか居ない大会に一人で参戦できるとは思えなくてね」


 鷹が無愛想だったのは人見知りだからか。 そりゃあ警戒もされるよな……


「あの子がまともに人と会話しているのを見たのは三年ぶりだったので、あなたには少し期待しています」


 ……さ、三年ぶり!? 三年の間に何があったらそうなるんだよ……まぁ、本人に聞いても話してくれなさそうだが。


「な、なるほど。 分かりました……」


 肩に乗った重圧から逃げるように部屋から立ち去ると、ただならぬ殺気で全身が粟立ち、足が止まった。


「そこから一歩でも近寄れば刺す」


「……え?」


 自分の喉元に向けられた刃物のきっさきを見つめながら、理解が追いつかないまま疑問の声が漏れた。 ……なんて物騒な所なんだ、子供が刃物を常に身につけてるのか? それも刃渡りが長い。


「俺がお前に心を許すとでも思ったか? 勘違いするなよ。 俺はお前の教育係を命じられたから仕方なく応じただけだ」


「そ、そうですか……」


 なんだ。 奥方様との会話、全部聞かれてたのか。 力なく笑いながら奥方様の言葉を振り返る。 この感じだと心の壁はかなり分厚そうだな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る