第10話 恩人の罪滅ぼし

 クルオールの命令に思わず耳を疑った。 ……鷹を殺せ、だと?


 動揺している間に左手が勝手に刀を抜いた。 ローゲントに踏みつけられた左足が痛むが、私の意志とは関係なく足は前に進んでいく。


 刀を握る左手がひとりでに振り上げられる……鷹には避けられる程の体力は残っていない、命令に抗え……!!


 身体の重心をわずかに移動させて軌道を変える。 次の瞬間、甲高い金属音が鳴り響いた。


 左手に強い衝撃が走って痺れる。 ……刀のきっさきは鷹の肩と耳からやや左上にズレて家屋の壁に突き刺さった。


 ……ふう、危なかった。もう少し判断が遅れてたら今頃相棒はあの世行きだ。


「……私がお前を殺せるとでも思ったか?」


 目を見開いて静止している鷹に冗談っぽく言ってみた。 鷹は血の垂れる口を開け閉めしている。 『耳からスレスレなのに何言ってるんだよ』とでも言いたのかったのだろう。


「……頭から斬るように操られてる状態だったんだぞ? 耳元までずらしてやったんだから文句は言うなよ」


 鷹の言いたかったことに対する答えとして正解だったかは分からないが、この状況はまずい。


「駄弁ってないで早く刀を抜きなさい!!」


 クルオールの命令に応じるように、左手は再び刀を握ろうとする。 それとは逆に、手を開くように念じながら思考を展開させる。


「……クルオール、さっき私は “ABM-P03を人間に戻せ” と言ったよな?」


「ええ、言ったわよ?」


 ……クルオールが取引内容の確認をしてきたとき、鷹が口を挟んだので私は頷いていなかった。 今ならまだ取引内容を変えられるはずだ。


「それを、“殺さない”に変更したい」


「……それは断るわ」


 クルオールは珍しく顔に張り付いた薄っぺらい笑みを消して即答した。


「お前がさっきこの3つで良いか確認してきたとき私は頷いていない」


「あら、そうだったかしら?」


 この態度、なんか無性に苛々する……! ぶん殴りたくなる衝動に駆られるが、何とか堪えた。 琴乃として時雨城で生活するようになってから、幾分か喧嘩早くなった気がする。


「まぁ、理由はともかく帰る気になったなら良いわ。 取引内容は変更してあげるから。 ほら、早く行くわよ! リヴォルトのエースに鏡を開いて貰わないと……」


 クルオールは呆れた様子で承諾すると、軽い足取りで歩き始めた。


「鷹はどうするんだ?」


「自分で歩きなさい、少年」


 ……ん? 今この女なんて言った……? こんな心身ともにボロボロな奴に自分で歩けって言ったのか?


「あ、歩けるわけないだろ……?」


「私もゆっくりしてられないの。 早く歩けないならそこに置いていけば良いでしょう?」


 クルオールはごく当たり前のようにそう答えた。 ……こんな牛車が一日に一回通るか通らないかって場所に瀕死の人間を置いてけってのか? 冗談じゃない。


「貴方が鏡を越えた瞬間に取引が成立して“貴方が与えた影響”が全て覆されるの。 ラピスを目当てにリヴォルトが現れることも、騒ぎを聞き付けて私が来ることも無かったことになるのよ?」


 確かにそうか……鏡が何処にあるかは知らないが、比較的軽傷な私が急いだ方が早い。


「……分かった」


 返事をして、左足を引きりながら足を前に進めようとした瞬間、右手から耐え難い痛みが走った。


「……何が分かっただよ!? 」


「……は?」


 痛すぎて思わず鷹の言葉に対する返答が雑になる。 だが、ここで引き止められるのは想定外だった。 ……まだ喋れる力が残ってたのか。


「お前が与えた影響が無かったことなっても……お前は本当にそれで良いのか!?」


「良いよ」


 即答した。


 良いに決まってる。 雪月那は鷹が友達になれば大丈夫だし、鷹が心を閉ざすことも、鷹の異母兄が捻くれることも、全て無かったことに出来るからだ。


「……関係ないって言うのか? さっきはそれで言い逃れたのに今度は……」


「何の関係もんだよ。 私がお前に与えた影響も、お前が私に与えた影響も……鷹は全部忘れる」


 竹刀で頭を怪力で殴られた訳でもないのに鼻の奥が痛くなった。 欠伸あくびをした訳ではないのに視界が歪む。


 時雨城の仲間たちから忘れられるのが辛いのか? それとも自分のことを相棒だと言ってくれた奴と別れるのが寂しいのか?


 感情なんてとうに捨てた人形だったはずなのに何で悲しくなってるんだよ、なんだか嗤えてくる。


「お前が覚えてるなら無関係他人じゃない、勝手に他人面たにんずらしやが、って……」


 鷹は最後まで言わずに目を見開くと、私の右手首から手を離して地面に崩るようにして横たわった。


「……無駄話はやめてくれる?」


 クルオールの冷酷な声が鼓膜を刺す。その瞬間、胸を締め付ける感情が憎悪に変わった。


「毒を解放したのか……?」


 血が流れる右手の傷口より少し上を強く握りしめて止血しつつ、倒れた鷹の方に目をやる。 口からは絶えず血が流れて、あっという間に枯葉を浮かべながら辺りに血の海が広がった。


 鷹がずっと腹を抑えていた方の手が血の海と化した地面に投げ出され、手のひらが赤黒く血に濡れて帯まで血が染み出ているのが見えた。


 ……ずっと止血しようとしていたのか。 苦しかっただろうに、この状態でも冷静な判断を下している。


「ええ! ……人間は大体、毒の解放率が2割に達した所でこの毒に耐えられなくなるわ。そんな毒を完全に解放したらどうなると思う?」


「どうなるって……」


 ……でも、鷹は致死量を超える毒素を受けても意識を保っていた。


「 ……当然、刺された所の皮膚は壊死えしするわよね? 8割を超えると血管が浮き出て、刺胞ナイダリアから出た毒素は内臓まで達する……さっき少年が血を吐いた時点で既に解放率が8割を超えていたのよ?」


 クルオールは満面の笑みでそう言うと、ヒールのある靴で鷹の赤黒く染まった腹を踏み付けた。


 ……お、落ち着け私。怒りに任せて攻撃しても無駄だ……今は一秒でも早く鏡に辿り着かなければ。


「でも、私は殺すなと……」


 冷静を装って尋ねる。


「勿論、生きたまま苦しんでもらうわよ。 私が約束を破るとでも思った?? 」


 壊れたように笑うクルオール。 腸が煮えくり返るのを抑えるように歯を食いしばった。


「 ……その少年が何なのか分かって取引したんでしょ? 石がある限り簡単には死なないようになってるの。 ……あなたと同じでね」


 クルオールは鷹の腹を踏みにじり続けた。 鷹は腹を踏まれる度に口から血混じりの泡を吹いている。 ……被害者である鷹が私と同じ、か。 皮肉なもんだな。


「さぁ、もう満足したでしょう?」


 と、呆れた様子でクルオールはようやく鷹の腹から靴底を離した。


 踵に突起がある靴で踏みにじられたせいか、鷹の帯が元の色が分からない程に赤黒い血で染まっている。


 今度こそクルオールの後ろを着いて歩き始めようとすると、再び右手首を掴まれた。 力は弱いが手首を握って離そうとしない。


「……お前」


 私の声に応えるように虚ろな目がこちらを向いた。 罪悪感がぐさりと心に刺さる。


「……全く、しつこい餓鬼ね」


 荒い呼吸音が胸を抉る。 ……私を引き止めたところで、己の死ぬ確率が上がるだけなのに。


「……鷹、頼むから手を離してくれ」


 “断る”とでも言いたげに、鷹は今にも千切れそうな私の手首から手を離そうとしない。 右手首の痛みより、無傷のはずの溝落ちの辺りが痛む。


「……お前が掴んでいるその右手は、だぞ」


 それを告げた瞬間、鷹は虚ろだった目を見開いた。右手を掴む力が緩んだ隙に素早く右手を引き抜く。


「もう薄明るくなってきたじゃないの! ……早く歩きなさいデュース」


 右手首からの出血で貧血を起こしているらしい。 視界が暗くなってチカチカする。


「はいはい」


 軽い返事をして、ふらつく足を前に進める。


 一度だけ振り返ると、悔しさなのか痛みのせいなのか分からないが、歯を食いしばってこちらを見詰める鷹の姿が目に入った。


 ……さよなら相棒、お前は腰抜けなんかじゃない。


 そうだった。 親を殺されたときでさえ、動揺はしていたものの冷静な行動をとっていた……お前なら私なんか居なくても大丈夫だ。


 力なく微笑んでから前を向いた。 伝わりもしない言葉を心の中で並べても意味はないと分かっている。


 ……鷹が親を殺されたことを打ち明けてくれたときに感じたあの罪悪感は決して気の所為ではない。




 ──あの日、私は加害者デュースとして一人の少年と出会った。

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