第9話 残忍な毒薬師

「……この刃物、どうやって外せば良いんだ?」


 ローゲントが私の右手首に突き刺した刃物を前に鷹は頭を悩ませていた。 厄介なことに柄がないのだ。 素手で引っこ抜いたら手が切れるし、おまけに毒が塗られているので傷口に毒薬が入ってしまう。


「早く外してくれよ〜」


 毒で死ぬかもしれない、という恐怖を誤魔化すためにあえて明るく振舞う。 右手は痺れていて何の感覚もない。


「だってこれ、素手で触ったら不味い奴だろ? 下手したら死ぬやつだろ?」


 鷹は私の右手首を串刺しにしている刃物を指さしながらそう主張する。


「……こっちは下手したら死に至る奴が刺さってるんですけど、外してくれないと不味いんですけど? 腹減ったから早く帰りたいんですけど!!」


 畳み掛けるように刃物を抜くように要求する。 下手したら死ぬかもしれない奴にしては元気だな、と我ながら思う。


「そうだけどさ……」


 と、鷹が呟いたそのとき、白い仮面の女がこちらに歩いて来たのに気が付いた。


 ……ローゲントとは仮面に刻まれた模様が違う。 羽織っているローブも黒ではなく、白いものだ。


「いや〜、リヴォルトで上から2番目のローゲントもあっさり……それも少年に殺られるとは、全盛期と比べて衰えたもんね〜」


 明るい声音の女は肩あたりまで伸ばした黒髪を指でいじる。


「誰だ」


 鷹は早くも敵意を剥き出しにしているが、この女……これまで会った蛇使いとは少し雰囲気が違う。


「私はクルオール、デュースちゃんなら顔くらい覚えてない? ……まぁ、どうでも良いけど。 私はローゲントとは違って強引に石を奪って自分だけ向こうに帰ろうなんてしないわ」


 所属部隊が違ったからだろうか? 私はこの女のことを全く知らない。 ただ、ひとつ確かなことは、私の敵であるということ。


 ……ローゲントより物腰は柔らかいが、もっとタチが悪そうだ。


「少年、さっきお腹がチクッとしなかった? クラゲみたいのを寄生させてみたんだけど」


 クルオールは笑みを浮かべたまま、わざとらしく首を傾げる。 ……全く心情が読めない。


「くらげ? 海でも無いのに……」


 鷹は不思議そうに腹を摩った。


「ほとんど痛みは伴わなかったようね。 さぁ、どうする? デュースちゃん、お友達だか何だか知らないけど少年は被検体モルモットになっちゃったわよ?」


……さっき鷹の腹あたりに飛んできた虫みたいな奴、この女が操っていたのか。

 

「もるもっと……ってどういう意味だよ?」


 鷹の言葉に女はにっこりと細めていた目を見開いた。


「あら、早く教えて欲しいの? 何も危害を加えずにわざわざ時間をあげたのに、仕方ないわね〜」


 クルオールは口角のみを上げながら答えると、鷹の方に向けて突き出した拳の握る力を少し緩めた。


 すると、鷹は一瞬目を見開くと、腹を押さえながら背中を丸める。


「お前……今、何を?」


うずくまって喋れそうにない鷹に代わって尋ねてみる。 魔術の類だろうが、何の小細工を施したんだ?


「キロネックスのナイダリア……刺胞しほうをお腹にチクッとさせて、少しだけ毒素を解放したよ?」


 得意げな笑顔で語っているが、この女は〝だけ〟では済まないことをサラッとやって退けている。


「きろねっくす??」


 腹の痛みが治まったのか、鷹は普通に背筋を伸ばしている。 はっきりとは覚えていないが、前にもキロネックスという言葉は耳にしたことがある……気がする。


「キロネックス……正式名称はオーストラリアウンバチクラゲ。 別名のキロネックスは〝殺人者の手〟という意味で、海のスズメバチとも呼ばれる猛毒を持つクラゲよ、」


 クルオールはご丁寧にそう説明する。 既に危険な気配が漂っているが、表面的な笑みがより危険度を増しているようだ。


「私は薬剤師でね、ナイダリアを殺人の際に証拠が残らない様に加工した薬の被検体モルモットに少年を選んだの。 悪く思わないでね」


 問答無用で殺しに来るローゲントに対して、少しずつ痛めつけて死に至らしめるのがクルオール……厄介だな。


警戒しながら腰の刀の柄に左手の中指を触れさせる。 右手が使えなくても左手はちゃんと動く。


「安心して、まだ死に至る量の毒素は解放してないから。 まぁ、その毒素を解放するかは貴方の選択次第だけどね、デュースちゃん」


 そんなクルオールの背後で、鷹は気配を殺しながらを放つ紅い刃を女の頭上に振りかざす。


「あら少年、意外と元気なのね。 思ったより毒素を解放した量が少なかったかしら ?」


 女は、振り向かずして刀の存在に気づいたような言葉を吐いた。 これには鷹も驚いたようで、刀を振り降ろす前に右手を静かに下げる。


「……私の選択次第なら鷹は関係ないはずだぞ」


 にこやかなクルオールを睨みつけた。


 ……もちろん、こんな質問で運良く鷹を逃がしてもらえるとは微塵も思っていない。 だが、このままでは二人とも殺される。


「私が少年を被検体に選んだのは、“そこに居たから”みたいな軽い理由じゃないわよ?」


 なるほど……これは憶測だが、鷹はこの毒を受けるのは二度目。 二度目の投与でどんな結果になるのか実験するための被検体モルモットには打って付けだ。


 さて、どうやって倒そうか……確か、毒薬師には毒殺術が通用しない。 さそりの毒尾を使っても無駄、右手は負傷していてとても使い物にはならないだろう。


 ……駄目だ、笑えるくらいに勝ち目がない。


 ****


 ──ローゲントを殺した直後に覚えた違和感……俺は、あのとき既に毒を刺されていたのか。


「さ、実験を始めるわよ! ……と、その前に邪魔者から距離を取らないとね」


 女がそれを言い終えた直後、家屋の壁に背中がぶつかり、一瞬呼吸が止まる。


 ……触れられてもないのに身体が吹っ飛んだ。 まるでされたかのように。


 壁には亀裂が走り、俺の身体はそこにめり込む形で押し付けられている。 とてつもない威力だ。


 背中がビリビリと痺れているが、それと比べ物にならないくらい腹が痛む……単に〝痛い〟というより、火傷したように熱い。


 鉄の味が喉の方まで昇ってきたが、吐き出さずに何とか飲み込む。


 壁にもたれながら立ち上がり、左手で腹を押さえながら右手で刀を構えた。


 もう琴乃は戦えない、俺がこの女を殺さないと……


 微かに刀を持つ右手が痙攣しているが、この震えは恐怖からなるものではない。


「……これで子供の致死量ってとこかしら? このままだと少年はアナフィラキシーショックを起こして死亡する確率が高いわよ?」


 女は揶揄からかうように笑みを浮かべた。 とは言え、子供の致死量でも意識は保てている。 昔から毒を飲んで訓練してきたから耐性があるのだろうか?


「さぁデュースちゃん、少年を助けたければ私と一緒にへ帰りましょ! もちろんタダでとは言わないわ、貴方の望みを3つだけ叶えてあげる」


「……お前たちの目的は石じゃなかったのか?」


 琴乃は女を睨みながら尋ねた。 石を渡せば見逃して貰えたら良いが、一筋縄では行かない気がする。


「それはリヴォルトの要請でしょ? 私はメディリオ所属なの。 ほら、X・THIRDエックスサードの中に組織が分かれてたでしょ?」


 女の口から本日何度目かの聞き覚えのない言葉が出てきた。 『蛇使い』が組織名ではないのか?


「……なるほど、リヴォルトは意図的にこの土地に残留している部隊。 メディリオはそうじゃないってことか」


「理解が早いじゃない! さぁ、なんでも言ってみなさいよ?」


 不気味に笑みを浮かべる女に琴乃は一度だけ目を見開いたが、すぐに落ち着いた表情に戻った。


「……被検体の体内の毒を解毒しろ。 それと、で私が与えた影響を無かったことにして欲しい」


 普段より幾分か低く、冷たい声が響いた。クルオールは琴乃の望みを聞くなり、優しい笑みを浮かべる。


「ええ、良いわよ。 で、もうひとつは何を願うの?」


「……ABM-P03を人間に戻せ」


 琴乃は呟くようにそう答えた。 ……さっきから〝えーびーえむ〟って蛇使いが話してるけど一体何だ? 数え切れないほどの疑問が脳裏に浮かぶが、いちいち質問している場合ではない。


「あら、可笑しなことを言い出すのね。 プロト・トレイは貴方が殺したはずよ?」


 琴乃が人を殺した!? ……いや、思い当たる節が無い訳ではない。


初めて琴乃と一戦交えたとき、素人のものではない気配に鳥肌が立ったのをよく覚えている。


わざわざ人体の急所である脛を狙って打ってきたのも、蛇使いから得た知識だとすれば合点がいく。


「それは表向きな話だ。 知ってて接触してきたんじゃないのか?」


 琴乃は不敵な笑みを浮かべながら女にそう尋ねた。


「……ええ、もちろん。 取引内容はこの3つでいいの?」


 ……話の流れが全く見えないが、このままだと琴乃は時雨城の人たちから忘れられる、ということだけは分かった。


「……お前、妹はどうするんだよ! 雪月那は姉が出来て凄く喜んでたのに。 それに、俺が毒でどうなろうがお前には関係ないだろ!?」


 琴乃がクルオールの言葉に頷く前に口を挟んだ。 もしも琴乃が頷いてしまえば後戻りは出来なくなると思ったからだ。


「さっき、私を置いて逃げれないって言った癖に、今さら関係ないとは言えないよな?」


 しまった、さっきの発言があだとなった……言い返す術はない。


「さぁ、人間の致死量の毒は解放したはずよ、早くくたばりなさい。 それとも、もっと苦しみたいのかしら?」


 クルオールが拳を勢いよく開いた瞬間、腹から激痛が走り、握っていた刀が右手から滑り落ちた。 あまりの激痛のせいか身体が痺れて力が入らない、思わずその場に座り込んでしまった。


 ……腹の痛みも痺れで違和感がある程度にしか感じなくなっている。


 口に昇ってきていたものを喉でせき止めていたが、それももう限界だった。


「貴方にこの毒を投与したのは二度目なんだけど、ショックを起こさなかったという事は抗体があるということ。 どれくらいの量で死ぬのか試させてもらうわね」


 ……投与されるのは二度目? いや、過去に同じ目にあった覚えはない。


「……お前は、何のために……実験して、そいつをどこかに連れ戻そうとしてるんだ?」


 口を動かす度にだらだらと流れるものを拭うと袖が赤黒く染まる。 ……この出血量だといくら拭っても無駄だろう。


「私は向こうで立場を昇格したいだけよ。 私が作った薬の作用を証明して、デュースを連れて帰れば確実に中級幹部ダームまで昇格できる……!」


「昇格……?」


 この女は自分の立場のために、俺の体に毒薬を打ったのか? ……何か、腹たって来た。


「鷹、それ以上喋るな。 この女の目的は毒の性能を証明すること、私を捕獲して蛇使いに連れ戻すこと、……そして、お前を殺すことだ」


 ……なるほど、毒の性能を証明しながら最終的に俺を殺すのが目的って訳か。 相手にとっては一石二鳥だ。


「雪月那は任せた。 ……まぁ次に目覚める頃には私の事は忘れてると思うけどな」


 琴乃は既に意志を固めていた。 決心したことは決して曲げない奴だということは分かりきっているが、どうしても納得が行かない。


「……何で俺に雪月那を任せるんだよ」


「雪月那は歳の近い友達が欲しいかったらしい。 お前が雪月那の友達になれば私がいなくても大丈夫だ」


 ……確かに琴乃が時雨城に来るまで俺は雪月那とまともに顔を合わせた事すらなかった。

 かと言って何があろうと雪月那と友達になりたくない……という訳でもない。


「偉いわねデュースちゃん、抵抗しても無駄だってちゃんと理解してるじゃない……ってあら!? もうすぐ夜明け、時間が無いわね……ティーテレス!」


 女がそれを唱えた途端、琴乃の目が赤く染った。 これには琴乃も予想外だったようで、驚いた様子で目を見開いている。


「作戦変更よ。 ここままだと夜が開けてしまう、毒薬の実験は帰ってからいくらでも出来るわ。 デュース、短剣を手首を骨ごと切って外しなさい」


 女の命令に応じるように琴乃は右腕を勢い良く右側にずらすと、壁に突き刺さった短剣から手首を外れた。 手首からは大量の赤黒い血が流れている。


「これで動けるわね、帰るわよデュース。 でもその前に……その少年を殺しなさい」

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