第8話 腰抜けの仇討ち

「鷹、起きろ!!」


 ……琴乃の叫ぶ声と、体を揺さぶられるような感覚に襲われた。 重いまぶたが中々上がらない。


「良いから起きろ!!」


 再び肩を掴まれ、激しく揺れる。


「……え、どうなってんだ!?」


 目を開くと、牛車がありえない速さで走っている。 驚きのあまりぼやけた頭がはっきりしてきた。


「う、牛ってこんな速く走れるんだ……」


「感心してる場合じゃないだろ!! まだ寝ぼけてんのか!?」


 琴乃は強い口調でそう言った。 ……目覚めたら、ゆっくり歩く生き物であろう牛が凄い速度で走っていたのだ。 驚くなんて当然だろうから怒らないで欲しい。


「あっ、不味い!!」


 琴乃はそう叫びながら牛と牛車を繋ぐ縄を刀で切り離した。


 荷物から切り離された牛はますます速度を上げて走っていく……


 牛車を操るおじさんが牛から転げ落ち、つい2秒ほど前まで牛とおじさんが居た場所に無数の矢が地面に突き刺さる。


「おじさん逃げろ!!」


 琴乃の声が響く中、牛に飛び乗ったおじさんの背中はあっという間に小さくなる。


 切り離された牛車が遅れて交差点に差し掛かったそのとき、もう二度と見たくも思い出したくもない無数の仮面が横目に映った気がした……


 すると、琴乃は目を見開いて、急に肩を掴まれた。 そして凄い勢いで押され、それから瞬きをする間もなく俺は地面に転がり落ちていた。


 速度を緩めることを知らない牛車は、荷車だけになって正面の家屋に衝突し、大破してしまった。


 ふと、右の肘あたりが熱いことに気が付いた。 不思議に思いながら袖の中を手で探ると、熱くて硬いものに指先がぶつかって反射的に手を引っ込めた。


 もう一度それに触れて袖から出してみると、それは隠していた あのが火傷しそうな程に発熱しているものだった。


 疑問に思いながら上体を起こすとふと目に入ったものに動きを止められ、同時に見なけりゃ良かったという後悔とあらゆる疑問が頭の大半を占めた。


「な、何で居るんだよ……?」


 ……もし、もしも四年前から……真っ白になって考えるどころじゃ無くなっている頭を無理やり動かして 思考を巡らせる。


 心臓の脈打つ音があまりにも大きくてすぐそばに居る琴乃にも聞こえそうだった。


 視線は完全にその仮面の釘付けになり、動悸で視界が揺れているように感じる。


 ……いや、考えろ! もしも、あの日から状況が変わってないとすれば……この廃墟と化した町にも頷ける。


 つまり、この町を滅ぼしたのは……


「「蛇使い……!!」」


 琴乃と声が揃った。 ……何で蛇使いのこと知ってるんだよ?


 ……ま、まさか、記憶が戻ったのか!? 仮に琴乃も蛇使いだとすれば勝ち目がない。


「私を操っても無駄だぞ……ローゲント」


 琴乃の口から出たその名を聞いた途端、背筋が凍りついた。 大柄な体格に冷徹な眼差し……襲ってくる恐怖は後退りすら許さない。


 ──この大男が、俺の父さんを殺したのだ。


「おや?は“記憶は消されている”と言っていたはずだが……名前を覚えてもらっていたとは光栄だなABM-P02プロト・デュース


 低く響くその声音に鳥肌が立ち、悪寒と冷や汗が同時に襲ってくる。


「プロトタイプを区別して呼ぶってことは完成した二体目デュースが既に居るのか?」


 俺と対照的に琴乃は冷静だった。 ……記憶が戻っているなら不味い、場合によっては琴乃まで敵になる。 それに、よく見ると瞳が赤い。


「あまり干渉すると痛い目にあうぞ?」


 そのローゲントの言葉に琴乃は一瞬だけ身体を強ばらせた。


「……じゃあ干渉しないので、その代わりに操作術式ティーテレスを解除してもらえますか?」


「……良いだろう」


 意外にもローゲントは琴乃の交渉に応じた。 「解除」という声と同時に琴乃の瞳は赤から紺色に戻って行く。


「記憶が戻るとは想定外の事態だ。 ……そこに居るのだろう? セルティオン」


「よく分かったね。 でも、わたしを渡してどうするつもり?」


 ん? ……って、石が喋ったのか!?


 確かに今の声は俺の手の平に鎮座している赤い石から聞こえた。


「たった今あのお方から命令があってな……お前の魂が必要なのだ」


 あのお方? ローゲントが蛇使いのおさではないのか?


「それで石を渡すとでも?」


「交渉決裂だな。 ……リヴォルト総員に命ずる! 何としてでも石を奪え!! 最悪、人形は殺しても構わん!!」


 ローゲントがそう叫んだ直後、後ろから仮面の集団が現れた。 今すぐ目を逸らして現実から逃げ出したい衝動に駆られるが、怖いもの見たさなのか、目が釘つけになって体も思うように動いてくれない。


 こんなに生き残っていたのか…… きっと、俺が時雨城に逃げてからも沢山の人が犠牲になり、町からは人が消えて町全体が廃墟のようになってしまったのだろう。


「おい、鷹は早く逃げろ。 じゃないとお前まで巻き添いにされるぞ……!!」


 琴乃の声が思考を遮った。 ……どうやら、琴乃は逃げるつもりはない様だ。


「……俺が逃げたらお前はどうなるんだ」


 一人の少女こどもと十数名の蛇使いおとなが戦ってどうなるかなんて聞くまでもない。


「敵かもしれない奴にそんな心配するなんて馬鹿なのか? さっさと逃げろ」


 敵かもしれない? 馬鹿言うな、敵が俺を逃がす訳がない。 それに……


「……お前は記憶を取り戻した時雨しぐれ 琴乃ことのなんだろ?」


「ああ、そうだよ」


 素っ気ない答えが返ってきた。 冷静さが増したことを除けばいつも通りの時雨琴乃だ。


「だったら尚更だ。 そもそも足が震えて動けないし……相棒を置いて逃げれる訳ないだろ!」


 そう言った途端、足の震えが治まった。 琴乃は目を丸くして、それから笑みを浮かべた。


「……立てるようになってからで良い、大口叩いたんならちゃんと援護してくれよ!!」


 そう言って琴乃は立ち上がると、 護身のために腰に帯びていた鞘から刀を抜いた。……足を怪我してるの忘れたのか?


 俺も立ち上がって刀を抜こうとした。 だが、足がすくんで立つ事すら出来ない。


 ……四年経っても、記憶から抜け落ちたとしても、恐怖心だけは消えないようだ。


「自分から向かってくるとは……良い度胸だな、デュース!!」


 男は笑みを浮かべたままそう言った。


「……デュース? 私は時雨しぐれ 琴乃ことのだ!」


 すると、琴乃の背中から見た覚えのある赤色の大きな蠍が出て来た。


「デスストーカー」


 琴乃が意味不明な単語を発声した直後、ローゲントの背後に居る十数名の蛇使いが一度に蠍の尾の串刺しにされた。

 ローゲントが蠍の尾に気を取られている隙に、刀を握った琴乃が間合いに入る。


「……その石を大人しく渡せば命だけは見逃してやろう。 お前はあの日、殺し損ねた異端児なのだろう?」


 何故か頭上から声がして顔を上げた。

 ……いつの間にかローゲントが目の前に立っていたのだ。


 じろりと不気味に大きい眼球が覗き込んで来る。


 ……ひ、怯むな! 考えろ、右手に握った赤い石を渡さずに気をそらす方法は……とっさにローゲントを睨みながら左手で近くに転がる小石を探す。


「……取れるもんなら取ってみろよ!」


 震える声を張り上げながら、正面に迫る恐ろしいその仮面に小石を投げつけた。


 蛇の顔のような不気味な仮面が割れた瞬間、琴乃が後ろから刀を振り上げる。


 しかし、あと少しのところでかわされてしまった。


「何だ? デュース、サムライの真似事か? わざわざ殺傷能力の低い刀などを使って我を殺せるとでも思っているのか!!」


 大男の刀を馬鹿にするような言葉に苛ついたのか、琴乃は男の高い鼻を刀の切先きっさきで突く。


「確かに刀の殺傷能力はやり薙刀なぎなたと比べれば低いけど、刀を扱う者の腕を鍛えればいくらでも変わる、」


「忘れたのか? こちらにはがある!」


 ローゲントは両手に短剣を握り、琴乃が振り下ろした刀を受け止めた。 その衝撃で琴乃が後退る。


 琴乃は足元に散らばった牛車の壊れた車輪を手に取ると、ローゲントの頭を目掛けて放り投げた。 ローゲントは頭上に降ってきた車輪を軽く躱すと、薄気味悪い笑みを浮かべた。


「……血に染まった包帯をちらつかせて蛇使いと対峙するとはいい度胸だな」


 琴乃は左足から崩れるようにして尻もちを着いた。 何が起きたんだ……?


「えっ、」


 琴乃の力ない声が耳に届いた。 よく見ると、琴乃は左足を踏みつけられ、包帯からは血が滲み出ている。足首の関節はぐにゃりと奇妙な方向へ曲がっていた。


 ……殺られる! 動けよ俺の足!! 助けに行けるのは俺だけなんだぞ!?


 琴乃の左足首から男の靴裏が離れた次の瞬間、視界から琴乃とローゲントの姿が消えた。


 ****


 背中に強い衝撃が走り、肺が肋骨に押さえつけられ一瞬だけ息が止まる。 ……私は家屋の外壁に勢い良く打ち付けられたようだ。


 息ができるようになる頃には凄まじい速さでこちらに向かって来るローゲントを迎え撃つ為に刀を構えようと右手を上げる。


 ……だが、構える前に右手が動きを止めた。


 顔を上げると、ローゲントが私の目の前に左手を突き出して立っていた。


 ……まるで、その突き出した左手で私の右手の動きを封じているかの様に。


「操作性能は薄れていない様だな」


 ローゲントは不敵な笑みを浮かべる。


 左手を動かそうとした時、右手で握っていたはずの刀か地面に落ちて金属音が響く。


 次の瞬間、顔にぞわっと鳥肌が立つ様な感覚に襲われた。


 ……右手首周辺が押さえつけられた様に動かない。


 すると、ぽたりと地面に赤い液が滴り落ちた。 見ると、頭のすぐ横に上から血が流れて右肘から血液が地面にぽたぽたと落ちている。


「えっ……?」


 恐る恐るそこから視線を上に持っていくと、柄の付いて無い短剣のような物がちょうど手首の辺りに突き刺さっていた。


 ……今すぐ抜かないと殺される!


 それを悟ったものの、刃物をぬこうにも柄が無いので直接握ると手を切ってしまう。


 かと言って分厚い布なんて都合よく手元に無いし、歯で挟んで抜こうにも位置が高すぎる。 しかも、どこかで嗅いだことのあるような毒の匂いが鼻腔を刺す。


「抜こうとしても傷口が広がるだけだ。 出血量が増えて欲しくなければ、そこで大人しくしていろ」


 ローゲントの笑い声も徐々に遠のいていた。 頭の上の方が冷たくなるような感覚に襲われる共に、徐々に目の前が暗くなっていく。


 駄目だ、血が足りない、体が重く感じる。


 出血量はそれほど多くない様に見えるのに……


 膝に力を入れて血液を無理やり頭に上らせようにも体に力が入らない。


「さてと。 石を頂くついでに四年ほど前に殺し損なった邪魔者を殺してやろう」


 仮面が割れて素顔が露わになったローゲントの浮べる笑みは実に不気味だ。


 後退りする鷹を壁まで追い詰めるようにジリジリ距離を縮めていく。


 ……駄目だ、今のあいつは完全に腰が抜けてる。 このままだとローゲントに殺されてしまう


「鷹!」


 気を引きたいので取り敢えず呼びかけた。 鷹はゆっくり首を動かしてこちらに顔を向ける。


「お前は何のために血反吐を吐く様な思いで刀を振って来たんだ!?」


 ……あの日お前は決意してたじゃないか。 忘れたのか? 勇気に満ちていたお前はどこに行ったんだ?


「そいつを殺るのは誰だ!!?」


 煽るようにそう叫ぶと、鷹は私の声に応じるように震えが収まった手で刀の柄を握りしめた。


「……こいつを殺るのは──俺だ」


 刀を鞘から抜いた。 月明かりで黒光りする刀身は、金属とは思えない独特な光沢を放っている。


 その赤みがかった刃が少し屈んだ男の首を横一文字に斬り割く。


 身体から切り離された頭は宙を舞い、首から下の胴体がその場に崩れ落ちた。 あっという間に血の海が広がっていく──


 そんな男の死体すがたに安堵したのか、鷹はその場に座り込んだ。


 そのとき、鷹の腹辺りに虫のようなものが高速で飛んできた──ように見えた。


 ……まぁ、本人も反応してないし、気のせいか。 そんな事より早く右手に刺さった刃物を外さないと。

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