第7話 鋭い爪

「あんなの、反則ですよ……」


 坊主頭の少年が唖然とする中、私は左足首の短剣を抜こうと試みていた。


 ……だが、足の筋が突っ張って手が届かない。


「……お前、いくらなんでも体硬すぎだろ……」


 後ろから呆れるような声と共に伸びてきた手が床と左足から短剣を引き抜く。


「おっ、ありが……じゃなくて、こっちは足貫かれてるんだぞ?」


「ごめん、こうなったのは俺のせいかもしれない。 あいつがあんな風になった原因は……」


 鷹はそこで口を噤んだ。 鷹が原因でひねくれたってどういう事だ? ってことは、あのクズが鷹の異母兄? ……何にせよ、多分この感じだと何を言っても無駄だろう。


 諦めて防具を外し、竹刀を使って片足だけで立ち上がって自力で席まで戻った。


「あの、僕のせいで……申し訳ない」


 席に居た少年は坊主頭を下げながら佇んでいた。


「私の方が赤っ恥かいた……苛つく。 頭上げろよ、悪いのはお前じゃないんだし」


 そう言っても少年は坊主頭をこちらに見せ続ける。 ……時雨城での生活に慣れてすっかり平和ぼけしていたが、外にはあんなクズがいるのか。


「僕は、あれは反則だと思います。 それに、審判が合議をかけないのも悪い……手を叩いてた黒装束の人、何なんでしょうか?」


 少年はそう言いながらゆっくり顔を上げる。 ……この土地の人間には拍手という文化がないらしい。


「あの、せめて足の手当てだけでもさせてください。 このままでは罪悪感に押しつぶされそうで……」


 少年は申し訳なさそうに坊主頭を下げる。 こいつ、こんなに頭下げまくってて大丈夫なのか?


「そうか、じゃあお願いします」


 お言葉に甘えて左足を伸ばした。 細かい作業は苦手だ、包帯を巻くのも下手くそなのでちょうど良い。 少年は指先が青く染った手で包帯を巻き始める。


「あれ? 随分新しい篭手使ってるんだな」


 新しい篭手を使うと汗で手が藍染めされて青くなるというのを聞いたことがある。


「……はい、最近始めたので……」


 と、少し恥ずかしそうに少年は坊主頭を掻く。


「坊主頭ってことは家は寺なのか?」


 ……尋ねてはみたものの、私は仏教についての知識は全くない。


「いえ、実家は一応武家なのですが、相続争いがややこしいとかで出家させられて……」


 ……出家ってなんだ? 疑問に思ったが、いちいち尋ねていると質問攻めにしてしまいそうなので留まる。


「幼い頃から侍に憧れていたので、いつか刀を振って悪を切りたいと思って、還俗げんぞくしてすぐに近所の道場に入って竹刀を握りました」


「……げんぞくってなんだ?」


 疑問がいっぱいなので堪らなく尋ねた。 出家はまだ漢字が思い浮かんだが、げんぞくはどんな漢字かすら分からない。


「平たく言うと坊主を辞めるという意味です。 もう僕の頭も綺麗なつるつるじゃ無くなりました」


 少年はそう言うが、まだ坊主頭と言っても差し支えない程の短髪だ。


「始めたばかりにしては形が整ってたけどな……」


「いえ、形稽古ばかりで実戦稽古はほとんどして来なかったので、初戦敗退は当然なんですけど……あっ、試合が始まりますよ」


 謙遜しているようだが、実戦を積めばそこそこ伸びるんじゃないか……? 今は男の割に打つ力が弱いけど、こいつはあなどれない。


「鷹の奴、本気出すのかな……」


「苗字が同じ、つまり兄弟対決……本気を出すに決まっているではありませんか!  燃えますね!」


 少年はそう言いながら目を輝かせる。 あのクズが鷹の兄貴……親はどこで教育を間違ったんだろう?


「……私もあいつと本気で戦いたかったな〜」


 悔しさと鷹と本気で戦えるあの男が羨ましい気持ちを溜息で吐き出した。


「あれ? お前生きてたのか。 てっきりに殺されてるかと思っ……」


 男はそう言いかけて鷹の顔を見て黙り込んだ。 ……あいつ、眼力で勝つ気なのか? いや、久遠 伊吹は切れ長だから眼力では既に鷹が勝っている。


 鷹は異国人っぽい顔立ちだが、伊吹は日本人らしい切れ長……腹違いとはいえ兄弟のなのに全く似ていない。


「礼!」


 男は鷹に少し遅れて礼をすると、両者ともに竹刀を構える。


「始め!!」


 その声で先に動いたのは鷹だった。 鷹が胴を打ったように見えたが男は何故かよろめいている。


「うぐっ!!……き、貴様!!」


 ま、まさか……


「何が起きたのでしょうか」


 少年は坊主頭を傾げてそう言った。 ……どうやら鷹が何をしたか気づいてないようだ。


「あいつ、わざと胴と垂れの間に打ったな……」


 防具と防具の僅かな隙間にあえて竹刀を当てて攻撃されている……男はこの後痣まみれになるだろう。


「うわ、それは耐え難い……よく立って居られますね、あの人……」


 少年は苦い顔をしてそう呟いた。


 鷹は畳み掛けるようにふらついている異母兄に容赦なく面を食らわせる。 ……あいつ容赦ないな。


「間違いなく鼻にツーンと来てますね……」


 少年がそう呟いた直後、鷹が再び竹刀を振り上げる。


「ま、待て!! 肩紐がずれたから!!」


 男はそう叫びながら後ろに下がって肩紐を直し始めた。


「逃げましたね。 まぁ、あれじゃ 無理も無い……」


 少年は坊主頭をさすりながら力なく笑う。


「さっき本気であいつと戦いたいとか言った私が馬鹿みたいだ、勝てる気がしない」


 毎回防具と防具の隙間に攻撃を食らったら痛すぎて死ぬ……今頃あいつの脇腹は真っ赤になってるだろうな。


「僕は良い勝負だと思いますが……」


 ……どこが良い勝負だよ、勝てる訳が無いだろ。


 そんな私の本音を他所に、男は肩紐を結び直して素早く鷹に斬り掛かろうとしていた。


 しかし、隙を突こうと焦りすぎたのか男は自分の袴の裾を踏んで滑って転んだ。


 だが、何事も無かったかのように竹刀を構え直して鷹に攻撃を仕掛ける。


 しかし、それもあっさり躱されてしまい、胴を……いや、それも脇を打たれた。


 反則勝ちしたのを許した訳では無いが、少し可哀想だ。


「勝負あり!!!」


 審判の声であっさり試合は終わった。


「てめぇ、どこ打ってんだよ!!!」


「……胴」


 声を上げる兄に鷹は素っ気なく答える。


「胴じゃない!脇だ!! いつから下手な胴打つようになったんだ!」


 男は声を荒らげて叫ぶ。


「……あいつの仕返しを代わりにしただけだ」


 鷹は静かに、鋭く言い返した。


「いやいや、私でもそんな容赦なく攻撃しない」


 ふと鷹は防具を外す手を止めた。


「……は?」


 懐疑の念と怒気のこもった声音が鼓膜に刺さる。


「えっ、何?」


「……お前よく言うな! 常に容赦ないのはお前の方だろ!! お前の代わりに痛い目に遭わせてやったのんだから文句言うなよ!!」


「全く、貴様のせいで酷い目にあったじゃないか!!」


 男は中途半端な声変わりをしている声を上げた。


 ……えっ、何で? 私が悪いのか??


「お前は黙ってろよ、この禿鷲はげわし


「その名で呼ぶな!! まだ元服してないし丁髷ちょんまげにもしてねぇ!!」


 鷹にハゲワシと呼ばれた男も負けじと言い返す。 確かに丁髷じゃないけど……何でこの土地の人間は丁髷をしたがるんだ?


「お前も……昔から卑怯な真似しかしてないのによく言えるよな、頭おかしいのか?」


「それはお前が弱かっただけだ!」


「自分より二回り小さいかった俺に暴力振るってよく恥ずかしくなかったのか?」


 ……なるほど、鷹は積年の恨みを込めていたのか。 それなら、あの容赦ない攻撃にも頷ける。


「あの、お二人とも仲が良いのは分かりました。 そろそろ口喧嘩を止めていただければ……」


 少年は坊主頭を掻きながらそう呟いた。


「そ、そうだな」


 鷹はそう言って口論から身を引く。


 ……口論してるのを見る限り、それほど険悪な仲には見えない。 二人の間に何があったんだろう?


「で、琴乃、どうやって帰るんだ?」


「えっ、普通に歩いて……あっ」


 すっかり忘れかけていた。 私はあの男に左足首を短剣で貫かれたので、この足で城まで歩いて帰れる自信は正直に言うと──無い。


「牛車ってこの辺にも通るかな……」


 牛車はいつも時雨城の城下町まで来る。 あれの荷車に乗せてもらえればこっちのもんだ。


「あっ、それなら今朝見ましたよ!」


 坊主頭の少年が嬉しい情報をくれた。


「よし、決まりだな。それが近所を通るやつなら乗せてもらおう」


 鷹の言葉に頷くと、少年が急に坊主頭を下げる。


「あの、ありがとうございました! 僕のせいで、色々迷惑をかけてしまい、本当にもう訳ございませんでした……」


「あっ、私は大丈夫だよ」


 礼儀正しい坊主頭の少年に少し戸惑いながらそう返した。


「……水無瀬みなせかけるです、……次は必ず僕が勝ちます!」


 坊主頭……いや、駈は垂れ気味の眉を少し釣り上げる。


「望むところだ。 じゃあまたな」


 と答えて踵を返すと、鷹に肩を掴まれ方向転換させられた。


「いや、せめて名乗れよ」


時雨しぐれ 琴乃ことのです!」


 なるほど、今のは名乗るところだったのか。 すると、駈は眉間に皺を寄せる。


「えっ、時雨? つまり時雨城から? いやでも、時雨城の城番は霧咲きりざき氏だったはず……」


 霧咲氏? そんなの聞いたことないぞ? と、鷹の方に視線を送る。


「奥方様がわざとお前に苗字を偽ってただけで、本当の苗字は霧咲きりざきだ」


 そういえば雪月那の苗字を聞いたことがない。


「あの……」


「あっ、久遠くおん 大翔たいがです」


 何か言いたげな駈に鷹がそう名乗った。


「もしかして、あの光芒師こうぼうしの久遠ですか!? 先程からそうじゃないかと思っていました!」


 駈は目を輝かせながら鷹の手を握った。 こうぼうしって何だ??


「はい、その久遠ですけど……」


 鷹は少し状態を逸らしながらそう答える。……そういえば鷹って人見知りする方なんだっけ?


「……お会いできて光栄です! 僕の父も光芒の一員だったんですよ」


 駈は本当に嬉しそうに飛び跳ねる。


「そ、そうなんですか……」


「……鷹、腹減ったから飯買いに行こう」


 駈に絡まれている鷹がそろそろ我慢の限界っぽいので助け船を出航させた。


「お、おう……」


「ではお二人ともお元気で〜」


 着いて来るとか言われたら困るな……と思っていたが、案外あっさり駈はこちらにお辞儀した。


 ****


 光輝く無数の点と、深い紺青で塗りつぶされた天井の下、沢山の荷物や袋に埋もれて私は牛の引く荷車の上で揺られていた。


 鷹は首をおかしなな方向に曲げながら時折かくんと頭を前後に振って爆睡している。


 恐らく起きる頃には首を寝違えているはずだ。 米俵にもたれ掛かって空を見上げると、ある星に目が止まった。


 ……そういえば、鷹が渡してきたあの石はどこにいったんだろう?

 鷹がまだ持っているとしか考えようがないが、あの石とよく似た色の星だ。 他の星は青白いのに、あの星だけは赤い。


「おじさん、あの星だけ何で赤いんですか?」


 気になった私は牛を引くおじさんに尋ねてみた。


「それは分かんねえけど、赤星って呼ばれてる星だな」


 面白いくらい見た通りの名前だな。


 ……そういえば先程から牛の隣で手網を引くおじさんがやや小走りになっている事に今 気が付いた。


「おじさん、牛が歩くの速くなってますよね?」


「ああ、この子は普段大人しいんだが……珍しい……いや、初めてかもしれん」


 そういう頃にはおじさんは普通に走っていた。 この状況でまだ爆睡している鷹を尊敬してしまう。


「こりゃあ、ちょっと追いつけないな……」


 おじさんはそう呟くと牛に飛び乗った。 手網を引いて速度を落とすように指示するがなかなか牛は落ち着きを取り戻さない。


 ふと視線を牛から横を凄い速さで通り過ぎる景色に移した。


 ……胸騒ぎがする。


 ここは試合に行く時に通ったあの廃墟と化した町──鷹の故郷だ。

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