第6話 宿命の敵

「試合なんて来なけりゃ良かった。 嫌な事ばっかりだ! 早く帰りたい……」


 会場に入って5分も経たないのに、鷹は既に四回も帰りたいと嘆いている。


「何で着いた端から帰りたがってるんだ?」


「……あの名前見ろ」


 鷹が指差した先には“久遠 伊吹”の名札。


「ん? 何だ、知り合いか?」


「……あれ、俺の兄の名前」


 そう耳打ちされた。 ……ん?


「えっ、鷹に兄弟が居たのか!?」


 驚きのあまり大声を出してしまった。……そういえば鷹の本名は久遠くおん 大翔たいがだったっけ? 言われてみれば苗字が一緒だ。


「……まぁ、異母兄弟だけどな」


 これまで兄が居るという話を全くされた事がなかったから意外だ。 いや、話して来なかったということは、もしかして仲が悪いのか?


「あっ、顔合わせるのが気まずいのか?」


「気まずいどころじゃねえよ!! 人違いかと思ったのに勘弁してくれ……どうか試合で当たりませんように……」


 鷹は近くの壁に額をもたれさせると、そのまましばらく黙り込んでしまった。 親だけでなく兄とも険悪なのか……


「……手抜きして初戦敗退したら?」


 どれほど険悪な兄弟関係なのか全く想像がつかないが、あまりに気の毒なので冗談で沈黙を破った途端、鷹は顔を上げた。


「そうか……そうだな!! よし、そうする!!」


 どうやら鷹は本気で受け取ってしまったらしい。 まぁ、これで機嫌が治ったなら良いか。


 ****


 琴乃が最初に試合で当たったのは頭を丸刈りにした少年だった。


 防具で顔は見えないが、藍染の着物に灰色の袴を着た方が坊主の少年、茜色の着物に紺色の袴を着ている方が琴乃だ。


 互いに礼をして一歩進み、竹刀を正眼に構える。


「始め!」


 開始の合図で双方同時に動き始めた。 ちなみに、この試合は先に三本取った方が勝利となる。


 すり足や構えが美しい坊主頭の少年に対して、琴乃はかなり形が崩れている。 あの少年はきっと実戦稽古ではなく形稽古を極めてきたのだろう。


 もしもこの試合が形の美しさや、寸止めで競い合うものだったとすれば間違いなく琴乃は初戦で敗退しているはずだ。


 ぱこーんという音が響いて、面を叩いた琴乃が先取した。 ……だが、あいつの叩く力が強すぎたのか、少年は面越しに頭を抑えている。


 この隙に二本くらい取れそうだが、真木さんの真面目な教育を受けた琴乃は少年が構え直すまで待つようだ。 いつも容赦ないけど、こういうところは案外優しいのか……?


「さっさと攻撃して終わらせろよ。 あぁ!見てるだけで苛々する!!」


 男の舌打ちと苛立ちの声が耳に飛び込んできた。 嫌な予感がして腰を浮かせて周りを見回してみたが、異母兄の姿はない。


 余所見している間に少年が立ち直し、素早く琴乃の銅を打って一本取った。


 が、次の瞬間には琴乃が篭手を打ち畳み掛けるように面を打つ。 この試合はあっさり琴乃の勝利に終わった。


「女に負けるとか情けねぇなぁ〜! あんな雑魚、この俺にかかれば瞬殺だ」


 また同じ声だ。 横目で見ると、先程の坊主頭の少年が絡まれているのが視界に入る。


「誰だか知りませんが、戦ってもないのに言いがかり付けられても困るんですけど……」


「うっせーなぁ! 俺が負けるとでも言いたいのか!?」


「そうは言ってませんけど……」


「ほら見ろよあんなに棒みたいな腕に負けたのか? 雑魚にも程があるだろ」


 小馬鹿にするように笑う男、初対面であの態度か……絶対関わらないでおこう。


 ……そう心に誓った時だった、何が床に叩きつけられたような軽い音と共に足音が響いた。


「……戦ってもない癖に何吐かしてるんですか?」


 やたら聞き覚えのある声が響いたので俺は反射的に振り向いてしまった。


 ……ちょ、何やってんだよあいつ!!


 男の前に立っていたのは、防具を外した琴乃だった。 その足元には面が無造作に転がっている。


「貴様、ちょっと勝ったからって……女の癖に調子に乗るな!!」


 床に転がっている面から男の方に目を移すと、短髪の長身の男……嫌な予感に限ってよく的中する。


 先程から騒がしい男は、今一番会いたくない相手だった。 声変わりしているが、憎たらしい口調は相変わらずだ。


「誰だか知らないが腹が立ったから言いたいことを言っただけですけど、調子に乗ってるのはお前の方ですよね?」


 琴乃は正論で責めているが、こりゃ厄介な事になったな……俺が止めに入るしかないのか?


「生意気な女だなぁ! 俺と勝負もせずに無礼な口利きやがって!」


「……勝負、勝てば無礼な口利いても良いんですか?」


 ……これは、不味いなんてもんじゃない、それだけは何がなんでも避けなければ……!


 とりあえず、男に顔を見られない様に面だけ被り、琴乃に早歩きで近寄り強めに袖を引っ張る。


「……止せよ」


「えっ、どうした?」


「……頼むから、そいつとは関わらないでくれ」


 琴乃は少し納得がいかない様子ではあったものの、すぐに頷いてくれた。


「何だお前? 喧嘩売ってんのか!?」


 げっ……!


 男に下から顔を覗き込まれそうになったので素早く顔を逸らす。


「お前ビビってんのか?」


 いや、呆れてるんだよ。 大体、何で寄りにもよってお前が居るんだ……四年前は義弟の俺よりもビクビクしてた癖に。


「黙れ」


 琴乃が俺の心の声を代読した。


「貴様こそ!! 勝ってから言え!!」


 男は琴乃にそう言い捨てて踵を返すと、向こうへ去って行った。


 気付かれてないみたいだけど……面倒なことになったな。


 ****


「やめ!!」


 審判の声の後、相手の目を見てから礼をした。 防具を外して客席の方へ向かう。


「おい鷹。 お前、何が『初戦敗退する!』だよ?」


 琴乃は呆れた様子を見せた。 勿論そのつもりだったが、いざ試合が始まると素直に楽しんでしまう自分がいる。


「もうすぐ準決勝ですよ?」


 何故か琴乃の隣に座っている少年は坊主頭を撫でながらヘラヘラしている。 ……別に嫌いではないが、何か鼻につく。


「いや、次はちゃんと負けるから……」


「それ、相手に聞かれたらぶっ殺されますよ……」


 少年はこちらを睨み、怒気のこもった小声を吐いた。 ……誰より先にこいつにぶっ殺される。


「……それよりお前、いつまで居るつもりなんですか?」


「あっ、すみません! 面白くなってきたもので、つい……」


 少年は照れくさそうに答えた。 人にはいつ負けるのか聞く癖に、自分は最後まで居座るつもりかよ。 まぁ良いけど。


「次の試合私だ〜」


 琴乃は伸びをしながら立ち上がった。 次の対戦相手……


「あっ、琴乃!」


「ん?」


 琴乃が首を傾げたので対戦相手を指差して見せる。


「げっ……、次あいつと勝負か……やっつけてやる!」


 露骨に嫌そうな顔をしたが、意外と乗り気だ。


「頑張って下さい!」


「おうよ!」


 少年の言葉に琴乃は胸を張る。 もう嫌な予感しかしない。


「おい……あんまり油断するなよ 」


 真面目に忠告した。 ……今の実力は知らないが、俺はあいつに勝ったことがない。


「あいつそんなに強いのか?」


「……どうだろうな」


「何だそれ」


 琴乃は喋りながら防具を付け終えると竹刀を手に取り、相手の方へ歩いていった。


 ****


「礼」


 男は気だるそうに礼をして、竹刀を構えた。


「始め!!」


 その声が耳に入った瞬間に動き始めた、それに対して相手はノロノロと向かって来た。


 私は隙だらけの面を打ったが、相手は竹刀を引き摺って歩くだけで何もしてこない。


 続けて胴を打とうとしたそのとき、急に男の動きが素早くなった。 ……ようやく手加減なしで戦う気になったようだ。


 胴か小手を狙ってくるのかと身構えていたが、竹刀の先はそのどちらでも無い方へ向いている。


 面の格子越しにもはっきり見えた。 男の口角がニヤリと気持ち悪く上がったのが。


 左足が動きを止めた、……いや、止められたと言うべきか。



 次の瞬間、左足から竹刀を握る指先まで鋭い痛みが貫く。


 痛みに気を取られていると、右足を救われ尻もちを着いていた。


「……えっ」


 左足首から伸びていたのは短い刃物と血液だった。会場がどよめいているが、私は冷静に刃物を抜くために手を伸ばす。


「この試合、馬鹿げてるよな!!」


 男は声を張り上げ、何故か笑いはじめた。


「い、いやいや、馬鹿げてるのはお前だろ」


 ちょっと言ってる意味が分からない。 なんだか足の痛みもどうでも良くなって普通に心の声を漏らしてしまった。


「試合に実剣を使わないのは常識……そんな怠けた考え方だからこうなったんだ」


「は、はぁ? これ明らかに反則ですよね?」


「なぁ、主催者ども。この大会の掟に反則って 書いてたか? ……どこにも書いてないよなぁ?」


 男は喧嘩腰で審判に憎たらしい口調で尋ねる。 まさか、この男……掟の隙を着いたのか?


「つまり、俺が行ったことは反則ではないはずだ」


 男は何故か満足気に言い放つ。 ……な、何だこいつ、なんて勿体ない頭脳の使い方……もっとマシな使い方は無かったのか?


「……でも、常識的に可笑しいですよね」


「何を言っているんだ? 常識的に女が試合に出る方が可笑しいだろ!」


 男はそう言い捨てながら私の面を打った。


「“女は出場してはいけない”とは書かれていなかったはず……」


 自分でそう答えながら、男の言ってることが正論であることに気づいた。


「そうだ! その通りだ!! だって女は出場禁止なんて掟には一言も書いてないからな!! 実剣禁止に関しても何も書いてない方が悪いだろ?」


 ……悔しいが、間違ったことを言っていないので反論出来ない。 あぁ……何か苛々してきた。


「……ああ、確かにな。 でも、お前のやってる事は間違ってるよ」


「常識的に、だろ?そんなの誰が決めたんだよ!」


 男はまた面を打った。 もう一発打たれたら負ける……!


「常識なんて頭の硬い奴らの考え方だ。 俺は何か間違ったこと言ったか?」


「言っては無い……してるけどな」


 私の答えに男は竹刀を振り上げると、「ああ、そう……」とだけ呟いて、もう一度面を打つ。


「……勝負、あり……」


 審判の戸惑うような声と黒装束の男の拍手がひとつ会場に響いた。

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