第5話 鮮明な廃墟
城の門をくぐり、城の堀を横目に案外広い時雨城の
橋を渡り切ったところでその場に立ち止まって振り向くと、琴乃は三の丸より外に出るのは初めてなのでキョロキョロと辺りを見回している。
「良いか、ここから先はお前にとっては未知の世界だ。 俺もここより外に出るのは四年ぶりだから道を覚えている自信はあんまり無いけど、道に迷っても文句言うなよ」
「分かった」
琴乃の素っ気ない返事を他所に、手に持っていた
「……確かこの辺にいっぱい商店があったはず……」
そう呟いた直後、背後から唸るような重低音が響いた。
「あ〜、昼飯まだ?腹が限界だって唸ってる……」
「分かったからちょっと黙ってくれ」
腹を擦る琴乃をよそに再び地図に視線を戻す。 城には天守の立つ本丸、それを二の丸や三の丸が囲っている。
他所の城は大きな堀で隔離されているはずだが、時雨城は何故か三の丸とそれより外側の曲輪の間に高い城壁が設けられている。
だが、城壁より外に出ることは出来るし、武家屋敷が立ち並び、さらにその外側に商人の町が栄えている。
さっき城壁の外に出たはずだが、人の気配が全くない。
「鷹、お前まさか方向音痴だったのか!?」
「黙れって言ってんだよ」
琴乃は相変わらず地味に失礼な事をさらりと言ったが、引き続き記憶を辿り、地図と記憶と
「やっぱり間違いない。廃墟と化したこの場所が武家の町……だった場所だ、少なくとも
そして、その先には栄えた商人の町が広がっているはずだった。
「どう見ても寂れてる……人の居る気配すら無いし、家もぼろぼろだしとてもそうは思えない……向こうの立派な大きい屋敷なんてどうやったら四年であんなに……」
琴乃が指さした武家屋敷に目を向けた瞬間、思わず後退ってから腰が抜けてしまい、その場に尻もちを着いた。
……あれは、間違いなく俺が住んでいた屋敷だ。
今まで記憶から欠落していた部分が鮮明に脳裏を駆け巡る。 普段は思い出そうとしても全く思い出せないのに、何かの拍子で記憶と共に恐怖が襲って来るのだ。
「……えっ、もしかして住んでたのか?」
琴乃は〝四年〟という具体的な数字を聞き逃してはくれなかったらしい。 こういう所だけ妙に鋭いのは本当に厄介だ。
……でも、四年弱であんなに賑わっていた町が急に寂れるなんておかしい。
「もっと昔に人が居なくなったみたいだな……そういえばお前が城に来たのも四年前らしいし、四年前に何かあったのか?」
何でこうも痛い所を突いてくるんだ? 思い出しただけで腰が抜けて立ち上がれないのに何があったかなんて言えるわけが無い。
「……それより、この辺なんか物騒だし先を急ごう」
「先を急ごうとか言った癖に、まだ尻が地面に着いたままだぞ」
図星だ。 観察力が高いのは良い事だが、もっと良い方に使って欲しい。
「……ここから先に進める自信が無い。 足が震えて力が入らないし……」
正直に伝えた。 なんだか情けなくて笑えてくる。
すると、琴乃は『仕方ないなぁ……』といった様子で俺も前にしゃがみ込んだ。
……大丈夫だ、こいつなら本当のことを伝えても。 覚悟を決めて唾を飲み込み、拳を握りしめる。
「……八歳のとき、親を殺された」
「……えっ」
****
鷹の震える言葉に私は耳を疑った。
「……えっ?……じょ、冗談はよせよ! だってそんな……」
明らかに冗談では無い表情だったが空気を暗くしたくないので茶化したが、鷹は再び俯いた。
「……ごめん、やっぱり茶化さない方が良かったよな」
何か悪い事をした覚えはないのに強い罪悪感に襲われた。
「……別に良いよ。 時雨城ではお前と雪月那以外みんな知ったし、俺が城に逃げた理由もこれで分かっただろ」
鷹は先程より少しだけ落ち着いた様子でそう言った。
「じゃあ雪月那に鷹が城に来た理由どう誤魔化してるんだ?」
「うちの父親と雪月那のお父さんは友人だったから雪月那とも面識もあった。 だから殺されたって言うより誤魔化した方が良いと思って、奥方様と真木さんにも協力してもらって親と揉めて逃げてきたってことにしてる」
鷹は竹製の水筒を取り出しながら早口でそう答えた。
……何だこいつ。時雨城に来てすぐの頃は無愛想で冷たい奴だと思っていたが、めちゃくちゃ優しいじゃないか。
「そうか……お前、いい奴だな」
ぼんやりと呟くと、鷹は顔を素早く左に向けて飲みかけの茶を吹き出した。 どうやら、お茶が気管支に入ってしまったようだ。
「……は!?」
鷹は驚いた様子で目を見開く。 ……吹き出したのは自分なのに何でキレてるんだ?
「あ?」
聞き返してみたが、鷹は水筒を仕舞いながら咳き込んでいて中々答えてくれない。
「……今さら気付いたのか?」
「えっ、別に今初めて気付いた訳じゃないけど。 自分で言うか、それ……」
……今の余計な一言でせっかく上がった印象が少し下がった気がするのは気のせいか……?
「それより、急にそんな事言うなよ。びっくりした……お茶無駄になったし……」
鷹は水筒の中を覗きながらそう呟く。
「えっ、私……何か変なこと言ったか?」
「お前は常に変な事しか言ってねえだろ。 ……失礼なことは言ってるけど、普通のことを言うのは珍しいから変なものでも食ったのかと……」
鷹はそう言ったかと思うと吹き出して笑い初めた。 腹が減っているが、特に変なものは食っていない。
「それより先を急ごう! 物騒だし、腹減ったし! 遅れたら泊まれる宿が無くなるぞ!」
と、鷹はようやく立ち上がった。
****
少し歩いて昼飯と晩飯をまとめて済ませ、銭湯で早めの風呂を終えた頃、空はもう橙に紺が混ざり始めている。
──俺は今、これまでの人生で二番目ぐらいの窮地に立たされていた。
「すみません、あと一部屋しか空いてないんですよね〜」
宿の接客係の女は申し訳なさそうに答える。 ……大会に参加する奴は皆この辺りで宿を取る、部屋が空いてなくて当然だ。
「……琴乃、他を当たろう……」
「何言ってるんだ?ここが最後だったはずだ。この辺の宿を全部回ってやっと1つ空いてたのに他にあるのか? いや、無いだろ」
琴乃は正論で返してくる。 こいつ……本当は記憶喪失なんてのは嘘で、さっき俺が暴露した後の言葉も演技で、今俺を説得しようとしてるのは──いや、疑心暗鬼は良くない。
「どうかされたんですか?」
接客係の女が不思議そうに首を傾げる。 それより琴乃の圧が強い……やっぱり考えすぎか。
「いや、何でも無いです……それより、空いてる部屋の広さはどのくらいですか?」
「あぁ〜割と広いですけど……」
「あと、襖で部屋は仕切れますか?」
「はい。 仕切れますけど、それがどうかしましたか?」
襖で仕切れば実質二部屋……もう妥協するしかないな。
「……じ、じゃあ、ここにします」
「まいどあり! そこの階段から二階に上がって廊下を真っ直ぐ進んで突き当たった右手の部屋ですよ、ごゆっくりどうぞ〜」
女に案内され、階段の方に向かう。
「……二部屋で宿を取れなくてもじゃなくても襖で仕切れば二部屋だもんな、宿泊費も安く済むし」
俺の心配も他所に、すぐ後ろに居る琴乃は至って呑気だ。
「うん」
ミシミシと軋む階段を上るとそれなりに長い廊下が視界に広がった。案内された部屋もそれなりに広くてちゃんと襖で仕切れば二部屋にも出来そうだ。
「……にしても鷹、なんで二部屋で泊まる必要があったんだ?一部屋だと宿泊費が半分で済むんだぞ」
琴乃はそう言いながら早速押し入れから布団を引きずり出した。
「そんなの嫌に決まってるだろ! いや、お前がまず嫌がれよ!女子の癖に……」
……女子と同じ部屋が嫌という理由も勿論あるが、それだけではない。もしも俺が寝ている間に琴乃が記憶を取り戻したら……想像しただけでぞっとする。
俺の頭からは相変わらず真木さんの言葉が離れない。
……もしも真木さんが言ってた事が本当なら俺は二年弱も天敵と一緒に過ごしていた可能性があるのだ。
寝ている間に元の記憶が戻った時の事を考えると、とても眠れそうにない。
眠るは愚か、二度と目覚める事も無く、あの世行きかもしれない。
「あ〜、久しぶりの布団だー!!!」
そんな心配も他所に琴乃は呑気な事を言っている。 久しぶりの布団とか言ってるけど、昨日の夜までは布団に潜って寝てただろ。
「お前……静かにしろよ、あと他所で大の字で寝るのやめろ」
「えっ、何でだ?」
俺の言葉に琴乃は目を丸くして起き上がった。 ……こんな無邪気な子供が奴らの仲間だとは到底思えないが、安心は出来ない。
「いや、ここは城の中じゃなくて外だぞ!? せめて妹を見習えよ、雪月那の寝相がどうとかなんて知らないけど大の字になって寝てたりしないだろ!」
「そう言われても寝てる間は意識無いし」
……確かに俺も起きたら枕に足が乗っている事も無くはない。 だが、稽古の朝に寝坊した琴乃を起こしに行けと言われて障子を開くと、布団を蹴飛ばして大の字になって寝ている事が多々ある。 女子の癖して俺よりも酷い。
「いや、まぁ そうだけど、せめて気持ちだけでもマシな寝相で寝ようとしろよ、」
「は?寝てる時ぐらい自由じゃ駄目なのか!?」
このままでは埒が明かない。一旦引くとしよう……
「勝手にしろ!もう世話役なんて御免だ!それよりさっさと寝ろよ!」
ついさっき琴乃に静かにしろと言ったのに大きめの声を出してしまった。
「私はお前が騒がしいから寝れないんだ!」
と、琴乃も負けじ言い返してくる。
「ああそうですか! じゃあおやすみ!!」
そう言い捨てて勢いよく部屋を仕切る襖を閉じた。 素早く寝巻きに着替えて布団を敷き、枕に顔を埋める。
……宿の襖を勢いよく閉じたら怒られそうだがそれを考える前に微睡みに襲われた。
翌朝、辺りはまだ薄暗い。 肌寒いので羽織を着て、
……昨晩は琴乃が敵かもしれないと身構えていたのに爆睡してしまった。
ふと、目の前を通り過ぎた人に見覚えがある気がして足を止めた。
「ん?どうしたんだ 鷹、そのへんに知り合いでも居たのか?」
「あっ、いや……何でもない」
琴乃には何でもないと伝えたが、あの後ろ姿といい 歩き方といい、間違いない……
今はただ、とにかく 試合では当たりませんように……と祈る事しか出来なかった。
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