エルフの里へ 10

僕は今、部屋の中に結界陣を起動させている。

これは、シアの魔装具と同じ効果を持つ魔石で作られていて、不要な人の感情や意思が寝ているシアを襲わないようにするための結界陣だ。

この魔石は魔工師として僕の仲間になったリデリアが作ってくれた物だ。


「どう? シア大丈夫そう?」

「はい、問題ありませんね。周囲の感情をほぼ遮断してくれています。これなら寝ていても大丈夫そうです。」

「そうか、昼間はまだ不安定でもだいぶん精神の調整が出来るようになって、人の感情をそのまま受けなくなってきているけど、寝ている時はその辺りが完全に無防備になるからな」

「はい、外泊する時は、今まではずっと悪夢を見ている状態だったので辛かったですから」


取り敢えずこれで、シアの加護対策は良いかな?


「カーナの方はどう?」

「はい、特に怪しい物は発見出来ませんでした。」

「そう。」

「リーシェンは?」

「問題ありません。魔術に関する物は感知出来ませんでした。」

「よし、これで問題無いだろう。いくらディクスさんの紹介の宿でも注意するにこしたことないからな。」


僕は、今夜泊まる宿にシア用の結界陣を配置し、一応危険がないか確認させた。

素性は隠しているといっても、王女様と、その専属近衛騎士だからね。注意を重ねるのは当然だろう。


「あれ? フルエルさんはどうしました?」


シアが、普通には聞いてきた。


「フル姉? どこに・・・ちょ、ちょっと! シア!! 何で僕の目の前で着替え出すの! って、こらカーナもリーシェンも!」

「「「??」」」


なんで三人とも不思議そうな顔になる!


「私たちは身も心も、レン様に捧げてますから、どちらかと云うと見ていただきたいのですが?」


代表してリーシェンが当たり前の様に話す。

シアは、ちょっと恥ずかしそうに、リーシェンは堂々と、カーナは、君はもっと慎ましくね。開けっ広げ過ぎだよ。


「それで、レン様、フルエルさんはどちらですか?」


シアが辺りをキョロキョロしながらフル姉を探しているようだ。


「フル姉は、なんでも冒険者ギルドに届け物があるとかで、ダルガンさん達と出てくるって言ってたよ。ご飯までには帰って来るってさ」

「そうですか」


そんな話をしている間に、みんなは着替え終わっていた。

はぁ~、ちょっとドキドキしたじゃないか・・・取り敢えず僕も着替えておくか・・・?!


「どうしたのかな、みんな? 目の色が少し違うよ?」

「気にしないで下さい」

「そうです。レン様のお着替えは私たちメイドの仕事ですから」

「いや、もうメイドでなくて、お。お嫁さんじゃないかな?」

「尚更ですわ」

「・・・・・・・・・・・お手柔らかにお願いします」


僕は、三人の女の子達によってたかって着替えさせられました。

流石にちょっと恥ずかしかったです。


こうして楽しい? 一時を過ごしていたのでした。



「おーい、ダルガン、ライアス! 依頼の物をギルドに届けに行くよ! ってあれ? 誰も居ない?」


フルエルは、王都シルタールのギルドから、届け物依頼も受けていたので、晩飯前に片付けようと二人を誘ったのだが、部屋は道具を置いたまま誰もいなかった。


「あいつら! もう風呂にでも行きやがったの?! こっちは仕事さっさと終わらそうと思って来たのに、何のんびりしてるのよ!」


悪態をつきながら、部屋に入ると、届け物の荷物が、ボテッと小さいテーブルの上に置いてあった。


「しょうがない。私だけで持って行くとするか。まてよ? そうだ! この依頼の報酬は私一人で貰う事にしよう! 私一人で持って行かせるダルガン達が悪いんだからね! うん」


一人で納得するフルエルは、その荷物を自分のリュックに収めて担ぐと、早々に部屋を出ていった。

出て行くときに、廊下に灯るランプの明かりに照らし出された青い色の魔石。

それが組み込まれた綺麗なペンダントがフルエルの胸の前を踊っていた。


「おっと、大事な物が出ているじゃない」


そう言って、あまり大きくない胸の谷間に見えないように押し込むと、改めて宿屋の階段を降りて下へと向かった。



コンコン


「はい! 入っても大丈夫ですよ」


何とか無事に着替えが終わり、明日以降の準備も完了した僕らは、そろそろ晩御飯を貰いに下に降りようかと考えて居たところに、扉を叩く音がした。


「悪いな。団欒のところ。」


そう謝りながら入って来たのは、ダルガンさんと、ライアスさんだった。

二人とも、簡単な服装にさっぱりした感じだったのでお風呂にでも行っていたのだろう。


「あ、二人ともお風呂に行ってたんですね。僕達もご飯、食べ終わったらお風呂にしようか?」

「はい、それでは一緒に入りましょう」


シアが答えると、他の二人も頷いてくれた。

いや、別に一緒に入る必要は無いんだけどね?


「あれ? でもフル姉はどうしたのです? 確か別の依頼を終わらすとか行ってそちらに行ったはずですけど?」

「それなんだがな、確かに依頼で渡す荷物が無くなっていたから、フルエルが持って行ったんだと思うんだ」


後ろ頭を掻きながら、ライアスさんが少し不安げに話し出した。


「ただな、荷物を届けるだけの仕事なんで、そんなに時間がかかるとは思えないんだ。届け先のギルド支部も、ここから歩いても直ぐの所にあるし、もうとっくに帰っても良いはずなんだがな」


ライアスさんの言葉は少しずつ強張って行くように感じる。


「フルエルの事だから滅多な事にはならんとは思ってはいるんだが、ちょっと胸騒ぎがしてな・・」


ダルガンさんも、心配そうな表情だった。


「レン様、フルエルが、この宿を出たのはいつ頃だろうか?」

「リーシェン、いつ頃だろう?」

「そうですね、すでに1刻半は過ぎようかと」


ダルガンさんと、ライアスさんの顔が一層険しくなる。


「そんなに時間が掛かる訳が無い! やっぱりおかしい!」


僕達の間に一気に緊張感が走る。


「捜しに行きましょう! ちなみに例のスバイメル情報はどうしているのです?」

「あ? ああ。フルエルがつけているペンダント型の記憶魔石に取り込んでいる。風呂に入る時も常に身に付けているから今でもペンダントはしていると思う」


そうか、それを持っているとなると、一人にさせたのは良くなかったかな?

しかし、フル姉もルル師匠に鍛えられた人だから、そう後れを取ることは無いとは思うのだけど、汚い奴らは色んな事考えていくからな、安心はできない。


「それじゃ、リーシェン、カーナ、そしてライアスさん、フル姉を捜しましょう。」

「ああ。判った、助かるよ。でもダルガンはどうするんだ?」

「ダルガンさんは、此処に残ってシアを守ってやってもらえますか?」

「レン様! 私も!」

「ゴメン、さすがに夜の街の中を捜しに行くのに、シアは連れていけないよ」


僕は極力、優しく話しかける。

それでもシアは一緒に行きたいと見つめて来るが、まだそれを許せるほどシアも強く無いし、僕が絶対に守れる自信がまだ無い。


「本当にゴメン。僕がもっと自信があれば、シアを守りながらでも出来るかもしれないけど、まだその自信が無いんだ。」


僕の言葉を聞いて、シアの顔が険しくなって行った。


「レン様! レン様は私を守り続けるつもりなのですか?」

「え?」

「私は、いつまでも守られ続ける気はありません! むしろリーシェンさんやカーナさんみたいに、レン様を守れる女性になりたいのです。侮らないで下さい!」


シアの強い言葉に僕は何も言えずにいた。


「今回は、私もレン様を守る自信はありませんから、このまま此処でお待ちします。けれどちゃんと力を持てたなら一緒に行動することを約束してください!」


彼女のその真剣な表情に僕はちょっと嬉しかった。

そうだね、一方的に守られる関係は僕らには似合わないな。

リーシェンもカーナも僕は信頼している。

そしてシアの事もちゃんと信頼してあげなきゃ不公平だもんね。


「うん、約束する。だから今はここで僕達の帰りを待っていてほしい。もしフルエルさんが戻って来たら直ぐに連絡を頂戴」

「はい、判りました」


やっぱりシアの笑顔は可愛いな。


「コホン! レン様そろそろ行きましょう」

「判った! それじゃフル姉を捜しに行こう!」


僕達は、まだ人々が夜の一時を楽しむ時間の中へ、連絡が無いフル姉を捜しに飛び出していった。

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