旅の前に 1

「少しお伺いしますが、どうしてこの宝石類は他のに比べて、お安いんですか?」

「それはどういう事でしょう? 何か私の説明が不十分とでも言いたいのですか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが、少し気になりまして」


申し訳なさそうになるべく下手に聞いてみるけど、店員の顔が如何にも嫌そうな顔なのが見て取れる。

まさか、本当に疚しい事でも有るんじゃないだろうな。


「買っていただけるなら、お教えしても宜しいですが?」


なんだ、この店員、それはおかしいだろ? 買う為の情報として聞いているのに、それじゃあ何の意味も無いと思わないのだろうか?

それとも、冒険者程度の頭では判らないとでも思っているのだろうか?


「レン様、私この品3点とも買っても宜しいかと思うのですが?」


シアが、何故か上目遣いでお願いポーズしてくる。可愛いい。

別にそんな事をしなくても買うつもりだったんだけどね。


「うん、買うのは僕も賛成なんだけどね、何があるか判らないから情報は少しでもあった方が良いからね。」


僕はシアにそう言ってから店員をみると、買う事を前提と話すと少し姿勢が良くなった様な気がした。


「そうですか! 買っていただけますか。ありがとうございます!」


いや、買っても良いんじゃないかと言っているだけで、買う、なんて誰も言ってないんだけどなあ~。

まあ良いか。


「それで、どうしてなのか教えて頂けます?」

「宜しいですよ」


店員は別に隠す風でもなく教えてくれるようだ。


「この宝石なんですが、借金のカタに当店のオーナーが接収した物なんですよ」

「借金ですか?」

「はい、当店のオーナーは若い魔導師で魔宝石の加工を志す者に投資をして、当店や支店で扱えるような優秀な加工師に育てているのです。ところがたまに、オーナーの意向を無視し自分勝手な魔宝石を作ったり、当店が貴族様方にお売りするような水準以下しか作れない加工師もいるんです。そういった場合、投資金額には全然足りませんが、こうやって今まで作った物を接収し少額でも回収しようとして、こうやってお出ししているのです」


「なるほどですね」


つまり、お前にどれだけの金を注ぎ込んだと思ってるんだ! この落し前きっちりつけさせて貰うかんな! とか、云う事なのかな。

でも、投資なんだから失敗しても自己責任で借金のカタに取るってのいうのも、どうかと思うけどね。


「そういった加工師の方ってどうなるのです? まさか奴隷にして売るなんて事はないですよね?」


シアが心配そうに店員に尋ねている。

そうだね。そういった場合、結構借金の返済が足りず、身売りをするなんて事はこの世界なら日常的に起こっているって母様が言っていたな。それに投資をする時の誓約書の内容によってはそんな文面が書かれている事もあるのかもしれない。


「当店は、その様な陰湿的な事は一切しておりません! 侮辱されるようなら訴えますよ?」

「いえ! そ、そのような事は一切思っておりませんので! 申し訳ありません!」


店員のシアを見る目が鋭かった。

本当にしていないのだろうか?


「レン様、結界魔道具の魔力を切っても良いですか?」


シアが僕にしか聞こえないように耳元で囁いてくる。


「それって、でも大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫です!」


真剣な眼差しで、僕を見つめちゃんと覚悟を決めた表情で言い切るシアに僕は任せる事にした。

当然僕もフォローに努める。

シアは店員に気付かれない様に集中し、魔道具への魔力供給を止めた。


「! うっ・・!ん!」


一瞬でシアの顔色が青ざめていった。

今、この店内には5人の店員と年配の貴婦人が2名確認出来るだけでいる。

僕の神対応でシアの加護の制御を補助するものの、この店内くらいの広さにいる人の感情や心の言葉が一度に頭の中の入ってくるのだから、僕には判らない苦しみや気持ち悪さがあるのだと思う。

こういう時、その苦しみを少しでも分かち合えたらと思う。

シアはそんな中で、目の前の店員に意識を向け心の奥底を覗こうとしていた。


シアが店員を見つめて、ほんの数秒。


「レ・レンさ・ま・・」


青い顔をして肩で息をするシア、相当苦しそうだったがそれでも店員を見つめ何かを掴もうとしているようだ。


「わかり、まし、た」


その言葉と共にシアは僕に体を預けるように倒れ込んできた。

僕はシアを支えながら、結界魔道具へ魔力を流し込み再起動させる。

すると先ほどまで青かった顔に少しずつ赤みが戻って行くのが判った。


「お! お客様! どうかなさいましたか?」


店員が僕に倒れ掛かったシアに驚き、一応心配の声を掛けて来てくれた。


「すみません、ちょっと貧血の様なので、帰らせていただきますね。それとその魔宝石は買いますので用意して頂けます?」

「は、はい、ありがとうございます。では料金の方をお願いします」


本当は少しでも早くこの店から出てシアを休ませてあげたいんだけど、またこの店にすぐには来たくないので魔宝石は買ってしまうことにした。

片手でシアを支え、もう片方の手で腰に着けているポーチから金貨を一枚取りだし店員に手渡す。

この金貨一枚で10万エルンする。

渡された金貨を眺め、少し鑑定しているようなそぶりを見せる店員。

完全に疑ってるな。冒険者は信用できないといった感じだ。あまりいい気分じゃないし、そういう事は見えない所でするもんだよ。


「はい、確かに頂きました。それではお釣りの大銀貨1枚と、今この魔宝石を包みますので少々お待ち下さい」


「いや、連れが体調崩した様なので、そのままで良いですから頂けますか?」


少し怪訝そうな顔をした店員だったが、小さく溜息を漏らすとショーケースのガラス板を外し、指輪の魔宝石を3つ持っていた布に包み僕に渡してくれた。


「ありがとうございます。慌ただしくてすみません」


僕はシアを支えている都合、片手でその布を受けとるとジャケットのポケットに入れるふりをして次元収納にその魔宝石をしまう。

パルワさんに教えてもらっていて良かったよ。

もしここでおおっぴらに次元収納を使ったら、騒ぎになっていたかもしれないからね。

僕はそのままお辞儀をすると、シア抱き抱え店を後にした。

店先まで出てきて僕達を見送る店員に気づいたが特に振り返らずそのまま雑踏の中へと歩みを進めた。

しばらく歩くと冒険者ギルドの本部の建物が見える、街の人が休憩したりしている広場までやってきた。


「あ、あの、レン様」

「ん?どうかした?」

「いえ、その、ですね、そろそろ降ろしていただいても宜しいですか?」


僕の腕の中で抱えられているシアが、チラチラと僕を見ている。

その恥ずかしそうにしているシアを見て、よくよく考えてみると僕は今、所謂お姫様抱っこと云うのをしているのではなかろうか?

ん~、シアの体が心配だったから何も考えずに抱き抱えたけど、この格好で街中を歩けば恥ずかしいかも?


「ご、ごめん! もしかして嫌だった?」

「あ! い、嫌じゃないです! けどちょっと恥ずかしいというか・・・人の目が無ければ良いと言いますか・・・きゃ!」


真っ赤な顔を両の掌で覆い隠しているシア。

何だろう?この可愛らしい女の子は!

まあ、嫌じゃなさそうだし、もうちょっとこのままでいようかな?


「駄目だよ? まだ体の調子が良くないかもしれないしもう少しこのまま抱いていてあげるからね」


「レン様、意地悪です。顔、出せないじゃないですか」


そう言って僕の胸に顔を埋めてしまう。

うん!生まれ変わって良かったと実感した瞬間だったかも。


「レン様! シア様! 遅いのでお迎えに・・・!! え?! こ、公衆の面前で何をされてるんですか!」


僕達を呼ぶ声の方に目をやると、リーシェンが驚き顔で駆けて来るのが見えた。


「ま、まさか、レン様とシア様の関係がここまで進んでいるとは! でもこのような場所ではお控え下さい! 羨ましいですけど」

「いや、これはちょっと色々あってこうなっただけで、疚しい事しようとかそういうのじゃあないからね! それに場所の問題でもないからね」

「いえ、大丈夫です。レン様も男の子です。そういう事はあっても仕方ないと思いますが、せめて邸宅にお戻りになられてからが宜しいかと。羨ましいですけど」


わぁ~リーシェンの目つきが鋭くなってる。

ここはシアからも言って貰わないと!


「シ、シア! 説明してあげて、なんでこうなったかを!」


僕がお願いすると、胸に埋めていた赤くなった顔を半分だけ出すと。


「レン様が離してくれなかったんです。凄く恥ずかしかったのに」


などと、のたまわれてしまった。


「レ・ン・さ・ま~、ま、まさか本当にこのような場所で、厭らしい事されたんじゃあ・・」

「リーシェン!違うからね!今のは絶対違うからね! シア! その言い方だと誤解を招くからやめて!」


やっぱり、神対応は女性に対しては効力無しのような気がする。


この後、リーシェンにもお姫様抱っこしてあげる事になった。

一応僕、10才なんですけど、大人の女性で超がつく美女のリーシェンを抱き抱えると、絵にはならなかった。

ただリーシェンは物凄く喜んでくれたので良しとしよう。

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