冒険者ギルド 3
「・・・・ 始め!!」
パルワさんの合図が訓練場に響き渡った。
その瞬間、パラディオ本部長の姿がその場から忽然と消え、一瞬リーシェンのみがその場に立ち尽くしている様に見えた。
「え?」
観客席から、誰ともなく声が出た。
それは驚きと言うより、今何が起こったのか解らないと云った感じだった。
ガッキン!!
次の瞬間、金属同士の甲高く鈍い音が耳をつんざいた。
「レン様! リーシェンさん凄いですね! 私見えませんでしたよ、リーシェンさんの今の動きは!」
シアが今の初撃を見てリーシェンの動きは見えなかったと言って驚いていたけど、あれ?もしかして。
「シア、もしかしてパラディオ本部長の動きは見えたの?」
「え? ええ、見えましたよ? それがどうかしました?」
ん? パラディオ本部長の動きって常人よりは、かなり速いはずなんだけどな?
「レン様、シア様の言葉、気になります?」
僕の疑問が判ったようにカーナが聞いてきた。
「カーナは、どう見えたの?」
「はい、確かに本部長さんの動きは常人離れはしていますが、システィーヌ様の戦闘訓練を受けていたシア様からしたら見えない速さではないはずですよ。」
「え?! シアって母様の訓練を受けてたの?」
「はい、自分の加護を制御したいと云うのと、将来レン様の足手まといに成らないようにと自分から志願して訓練を受けておいででした」
そうか、当初のイメージとはだいぶん違うけど、シアはシアで本当に頑張ったんだろうな。
でも、あのパラディオ本部長の動きが見えるって事は案外・・・
「レン様! どうしたんでしょう? リーシェンさんとパラディオ本部長様が全く動きませんよ?」
シアの事を色々考えていたら、そのシアの声でクラス試験の方に意識を向き直した。
「全く動きませんね。と言うよりはパラディオ本部長が動けないようですね」
カーナの冷静な指摘に僕も頷くしかなかった。
一見、パラディオ本部長の大剣が、リーシェンの金属製の槍の柄と組み合い、力が拮抗しているかのように動かないで見える。
これはこれで眼鏡をかけてどちらかと云うと知的超絶美女のリーシェンがパラディオ本部長の攻撃を抑え、力対決でも拮抗しているだけで驚愕の実力だと普通なら見られるんだろうけど。
「おい、あの眼鏡美人、本部長の攻撃を受け止めたぞ!?」
「まあ、偶然かもしれんが、それでも凄くないか?」
「ああ、だけど本部長の方が上背を生かして上から押し込む体勢になってるから、彼女もここまでじゃないか?」
後ろの観客席で見ている冒険者達の声が僕に届く。
ちょっと、ムッとなってしまった。
身内が下に見られるとやっぱり良い気分はしないもんだね。
「ギ、ギギッギギギギイギ!」
剣と槍の金属が擦れ合う音がする。
良く見ると解るが、パラディオ本部長の二の腕がプルプルと震え出している。
顔も鬼の形相でリーシェンを睨みつけてるけど、そのリーシェンは表情一つ変えずに対抗していた。
「クッソー! なんだってんだ! 全く動かん!」
「パラディオ様、どういたしましょうか? このまま続けても宜しいでしょうか?」
リーシェンがパラディオ本部長にお伺いを立てている。
それにパラディオ本部長はフッと苦笑いをしてリーシェンを睨みつける。
「たいした自信だな? たしかに圧倒的に俺の方が実力不足なのは認めよう。だが俺もシスティーヌ様に鍛えられた者として簡単には敗北は認められんからな。もう少し付き合ってもらうぞ!」
そう言うが早いか、今まで黒の大剣を力任せに押し切ろうとしていたのを止め、剣をリーシェンの槍の柄に纏わり付いているように動かす。
そして自分の体も剣に合わせ半身の体制になりそのまま前へ一歩踏み出した!
するとパラディオ本部長の押しに合わせ力を出していたリーシェンは、前にいた重しが失くなった事で体が前に流れてしまう。
そこへ狙い済ましたようにリーシェンの脇腹目掛けて大剣を横薙にする!
その剣はリーシェンの装甲の薄い脇腹に、あと小指一つ分程に迫った瞬間、本部長の剣を持つ手が、大きく上に持ち上げられてしまった!
「!! なっ!?」
本部長の腕が上に向くと同時に、跳ね上げられた黒の大剣の切先も上を向いていた。
ほんの一瞬前までは、リーシェンの体を斬る軌道にいた剣は、今あらぬ方向を向いている。
そしてその剣に合わせるように槍の柄が大きく弧を描く様に追随していた。
それはリーシェンが剣が自分に届く瞬間、前方に流れる体を利用して前宙し、そのままの回転力で槍の柄を大剣に下から振り上げたのだ。
リーシェンはその勢いのまま宙返りし一度足を地面につけるとその勢いを殺し、今度は体が大きくのけ反る。
そして本部長へ、目では追えない程の速さで追撃をかけた。
「・・・・・・・・・・・・・」
訓練場から音がしなくなった。
今起こった出来事に付いて来ている者が何人いるだろうか?
この静けさはそれが叶わない者が殆どだという証だろう。
僕はリーシェンの勝ちは判っていたけど、相手の本部長もさすが母様に鍛えられた方だと思える程には凄かったと思えた。
ただ、リーシェンがそれ以上に凄すぎるんだけどね。
母様曰く、天才のカーナ、秀才のリーシェンって良く言ってたのを思い出した。
僕は再び視線を訓練場の中央の二人に向けると、そこには剣を下ろし地に付け、リーシェンの槍先を喉元に突き付けられ身動き出来なくなっている本部長の姿があった。
「おーい、パルワ君! そろそろ終了の合図を出して貰えないだろうか? さすがにこの体勢のままでは身がもたんよ」
「え? え!?」
パルワさんが目を大きく見開き今目の前の状況を把握するのに時間を費やしているようだ。
パラディオ本部長の言うのも当然で、リーシェンは終了の合図があるまで多分この体勢を崩すつもりはないのだろう。
もし、一瞬でもパラディオ本部長が動けば自動的にその喉元に突き刺さる寸前の刃が一瞬で前に突き出されているはずだから。
こういうところリーシェンの真面目さと用心深さが出ていると思う。
カーナだったら自分から離れてしまって勝手に帰ってくるだろう。
「え?! その、はい! この勝負リーシェンさんの勝ちとなります!!」
「うおおおおおお!!」
パルワさんの勝敗の宣言の声を聞いて、訓練場に集まっていた冒険者やギルドの関係者から大歓声があがった。
「あの新人! 本部長に勝っちまいやがった!」
「すぐに勧誘しろ!」
「お姉様とお呼びして良いですかぁ!!」
等など、本部長に勝ったと言うことが相当に凄い事だったらしい。
「パルワさん、ちなみに本部長さんって冒険者クラスはどうなんですか?」
僕は今のリーシェンに対しての戦闘能力が気になったので目安になればと思って聞いてみた。
「は、はい、あの~ですね・・・・・・」
何か歯切れが悪いね。何かあるんだろうか?
「あのう駄目なら駄目でいいですけど?」
「い、いえそんな訳ではありません。本部長は現在も現役の冒険者でクラスはSです。国内に5人しかいませんね。」
え? Sクラス? 国内に5人しかいない? ええ!? そんなに強い人だったの?
「あれ? レン様知りませんでした?」
カーナが不思議そうに聞いてきた。
「聞いてないぞ! そんな凄い人なら先に言っといてよ!」
「私言ってませんでした?」
「言ってません!」
悪ぶれもせず、そうですか? とか言いながら微笑んでいるカーナだった。
知ってたら良いとこ見せて後は全力で負けさせたのに。
これは後で面倒そうな事になりそうな気がする。
「あれ? そういえばカーナってBクラスだよね? リーシェンと互角なのにどうして?」
「え? そんなの決まってるじゃないですか。私はレン様だけのメイドなんですよ? 冒険者の依頼は最低限の数しかこなしてませんし、それにクラスアップの試験を受けてませんから。」
「どうして? 依頼量はともかく、クラスアップ試験も出ないなんて」
少し考えたそぶりを見せてから答えるカーナ。
「ほら、やっぱり面倒くさいじゃないですか? それにSになんかなったら引っ切り無しにギルドから依頼されてレン様と居る時間が少なくなって嫌ですから」
そんなちょっと頬赤らめて言わないで欲しい。
そんな可愛いと思ってしまったカーナに何も言えません!
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