騎士(ナイト) 5

今、何て言ったあの皇子は?

『魅了の眼差し』とか言ってたな。

余りに小さい声だったから多分近くにいた僕ぐらいしか聞こえなかったとは思うけど、確かにそんな言葉を言っていた。

魔法?魔術の類? いや加護か! まさかそんな神様っておられるのか? でもとにかく神の加護を持っているのは確かだろう。

アヒム殿下は不思議に思うシア姫の顔を鋭い目つきで見続けるが、シア姫の顔がどんどん険しくなるにつれ、眉間にしわを寄せ唇の端を噛みはじめ、悔しそうな顔になっていった。


「どういう事だ! こんな事はあるはずがない!」


突然、シア姫の前で叫び出すアヒム殿下に周囲の貴族達も体をびくつかせた。


「で、殿下! 気をお静め下さい! どうかこちらへ!」


慌てて、ジルデバル辺境伯の金魚の糞であるゴルード伯爵がアヒム殿下のところに駆け寄り、手を引きジルデバルのところに連れていった。

その様子を青ざめた顔で呆然と見つめていたシア姫のところに僕は近づき、震える手を僕の手で包むように持つと、ようやく表情が和らぎ、僕の顔を見てくれた。


「シア、大丈夫? ちょっとびっくりだったね。少し椅子に座って休むといいよ」


僕はシアの手を握ったまま椅子の方へと連れて行き座らせる。

そのまま正面に回って膝を付きシア姫の顔を正面から見つめてあげる。


「レン様、あれは一体何だったんでしょう? 何か異質なものが彼の瞳に宿っているようでそれが物凄く怖かったんです。その瞳の奥の深遠に心が引きずり込まれそうな、そんな感じがして・・・」


思い出しながら言葉を綴るシアの未だに震える手をもう一度力強く握りながら僕はシア姫の瞳を覗く。


「殿下のその深遠はたぶん加護の力だと思います。『魅了の眼差し』それが殿下の加護の名神はエヌス神だと思われます。」

「『魅了の眼差し』? ですか?」

「はい、先ほど、小さい声でしたけど、自分で言ってましたからね。その加護の力をシアに掛けようとしたんだと思います。」

「レン様、それってどういう加護なんですか? 殿下は精神防御の結界魔道具をかなりつけておられて、私の加護は完全に跳ね返されてしまい判りませんでした。本当はすこしでもレン様の役に立ちたくて、殿下の弱点でも判ればと探ってみたのですけど。」


そんな事考えていたんだ。

本当は人のしかも嫌な王侯貴族の心の中なんか見たくもないはずなのに、僕の為に頑張ってくれたんだ。

そう思ったら、シアがとっても可愛く愛おしく思えた。

僕は彼女を守らなきゃいけない。

本当の意味でそう思った。


「ありがとう、シア。僕の為に頑張ってくれたんだ本当にありがとう」


僕はそう言ってシアの手に敬愛を込めてキスをする。

シアは顔を真っ赤にして先ほどまでの青ざめていた顔がうそのようににこやかになっていた。

さすがに格好つけすぎかな? どんどんそれが様になっていってる気がする。

少し自重しよう。


「殿下の加護は、自分が見つめた女性を虜にしてしまうのではないでしょうか? まあそれだけとは思いませんけど」


僕の言葉を聞いて、今度は頬を膨らませ怒りの表情をするシア姫。

だけど、怒りというよりプーっと膨らます頬の仕種は可愛らしいと言った方があっている。


「なんて卑劣な! 私の心はレン様以外は入れないというのに! 馬鹿な男です!」

「あ、ありがとうございます」


僕がお礼を言うと、自分の言った言葉が恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして俯いてしまった。

う~ん、これほど可愛い女の子は他にいないかも?


「!!」


そんな事考えていたら、こちらも頬を膨らましながらカーナとリーシェンの視線が僕に突き刺さって来た。

僕の考えている事が分かるのだろうか?


ごめんなさい!! ここにも可愛い女性が二人いました!


僕がそう心の中で叫ぶと、カーナとリーシェンは機嫌を直ってニッコリと微笑んでくれた。

あれ?今の僕の心の叫びが聞こえたのか?


シアに限らず、女性って皆、心が読めるのかもしれない・・・


でも、なんで姫には殿下の加護の力が及ばなかったんだろう?

考えてみるけど、良く判らなかったので取り合えず保留としておこう。


「シア、とにかく君に怖い想いをさせた報いはきっちりと受けてもらうから安心してね。」

「はい、お気をつけて」


シアは笑みと一緒に僕の身を案じてくれる。

僕は、立ち上がりシアに軽く立礼をし、玉座の間の壇上より謁見の間へと下りて行く。



一方、ジルデバル辺境伯陣営内。


「殿下!あの様な物言いでは手のうちをみすみす相手に悟らせてしまいますぞ!」


周りを気にしながら小声であるけど、皇子を叱責するゴルード伯爵。


「何を心配しておる、ゴルードよ。あんな子供にこの俺が負けはせんよ」

「いえ、そうではなく殿下の加護の性質を見抜かれるとも限らないと言っているのです。それに先程の様にされてはあからさま過ぎて姫に何かしらしようと試みた様に写ってしまいます」

「何を恐れることがある。俺の『魅了の眼差し』で男だろうと女だろうと従わせれば問題無い!」

「しかし、あの姫には効かなかったのでしょう?」

「そ、それはそうだが、今まで効かなかった者など一人も居なかったのだ。何かしらの原因で姫には効かなかったが、周りの者を従わせれば姫がいくら言おうが私の妻になるしかなくなるのだ」


ゴルード伯と字を書くジルデバル辺境伯は自信過剰のアヒム殿下に一抹の不安を感じながらも、ここまで来た以上計画を進める他なかったので渋々殿下の言葉に頷く事にした。


「ゴルードよ、万が一の場合はいいな」

「はい、ジルデバル様」

「何をコソコソ話をしている」


二人が自分には聞こえない小声で喋っているのが気に食わないアヒム殿下。


「いえ、万全をきする為に騒動の鎮静化の為の兵士を準備するよう言っておっただけでございます」

「そうか、それならば良い。しかしあの姫を支配出来なかったのは口惜しい。俺の加護の力はアストラル世界では無いからこの様な精神結界の魔道具の影響も受けないはずなのだが」

「たしかに、殿下の支配は目から送られる光の明滅による強力な暗示とお伺いしておりましたので不思議でございますな」

「何かしら光を屈折させるような物があったのやも知れん。まあいい。取り合えずあの子供騎士を打ちのめして姫の専属騎士を辞めさせれば問題無い」

「そうですな。お? そろそろ準備が整ったようですな。では我々も対決場である中庭の方へまいろうではありませんか」


ジルデバル辺境伯が殿下にレンとの対決の場の設定が完了したことを確認し報告する。


「ああ、帝国でも剣士として剣豪の称号を持つこの俺が瞬殺してみせるよ」


鋭い目つきで、同じ様に対決場へ向かうレンを見つめ舌なめずりするアヒム殿下。

ふん、よく見ると女の様に美しい顔してるじゃないか。

あれを公共の面前でいたぶるのも悪くない。

この加護と剣の技術があれば俺に逆らうことなく、辱めを受けさせてやろう。

フ、ハハハ!


心の中で、高笑いするアヒム殿下だった。


「ジルデバル様、宜しいのですか?」


アヒム殿下と少し距離を置き、ゴルードはジルデバルに小さな声で話しかけていた。


「何、問題は無い。姫を手中におさめられなかったのは少し惜しいが、あの小僧を叩きのせれれば王家に対するブロスフォード家の権限を弱める材料になるからの、さすがに剣で名を馳せているアヒム殿下が、7才児に負けはすまい」

「それはそうですが、あのアヒム殿下は少々問題が有りすぎるのでは?」

「あれぐらい馬鹿な方が、かえって扱いやすいではないか」

「まあ、そうでしょうけども、あの自分の加護の秘密をいくら私どもといえど、自慢げに教えるとは」

「ゴルードよ、まあそう言うな。あれでも私達の資金源となる国の皇子なのだからな」

「はい、ただ危ないと判断しましたら、処理はさせていただきます」

「それは任す」


二人が自分の事を話しているなど、全く気付かず今はレンをどう痛め付けるかだけを考えるアヒム殿下だった。


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