最終話 生きていたら


「……それが、姉さんが命を絶った真相なのか」


 床に蹲った錆川さびかわから、一年前に起きた出来事を聞いた俺は身体の震えが止まらなかった。

 全く気付かなかった。姉さんが錆川どころか俺すらも嫌っていたことに。確かに姉さんの自殺には錆川が関わっていた。錆川が姉さんに取り返しのつかないことをしたのも事実だった。


 だけどそれは、姉さんの心の内を全く想定していなかった俺も同じだった。


 思えば俺は、どうして姉さんの死の真相にここまでこだわっていたのだろうか。青田あおたにも指摘された通り、この学園に入学して数ヶ月で様々な事件に巻き込まれてもそれを追い続けるのは異常だと、自分でも薄々だが感づいていた。

 俺も岸本きしもとと同じく、認めたくなかったのかもしれない。姉さんが優しく面倒見のいい人間を演じていたことを。俺はそのことから目を逸らし、家族の自殺に納得できない弟を演じていただけなのかもしれない。


佐久間さくまくんは……私が飛び降りの現場に居合わせれば裕子先輩を助けられたんじゃないかと思いますか?」


 錆川の問い。確かに姉さんが即死でなかったのなら、錆川の『体質』があれば助かったのかもしれない。

 だけどそれでは姉さんが元々抱えていた問題までは解決できていない。岸本や蜜蝋みつろうさんといった文芸部の部員たち、そして弟である俺が、姉さんを追い詰めていたという問題を。

 だから俺は言ってやる。


「うぬぼれるなよ、アンタにそんな力なんてない。姉さんがあの小説を書いたのも、アンタにそれを思い知らせるためだ」


 たとえ俺の知っている姉さんの姿が偽りだったとしても。姉さんは錆川の命を助けるためにあの小説を書いた。それは偽りでもなんでもない事実だ。自分のために生きていたとしても、姉さんは俺たちに自分の本性を見せまいと踏ん張っていた。それは錆川が持つ『体質』なんかで解決できる問題じゃない。


「アンタじゃ姉さんは救えなかった。俺もアンタも姉さんの悩みに全く気づかず、それを受け入れられずにもがいていただけだ。俺とアンタの間に、大した違いなんてない」


 錆川は魔王なんかじゃなかったし、魔王を倒す勇者なんてのもいなかった。


 俺の目の前にいるのは、自分の周りにあるあらゆる問題に自分が関わっていると思い込んで他人の痛みを勝手に抱え込む、単なる愚か者だ。


「……なんで、こんな……やっと、私が……世の中に認められるって……そう思ってたのに……」


 その嘆きに対して俺がやれることなんてない。錆川が周りに痛みを押し付けられるこの学園の異常さには憤っていたが、それが錆川自身が仕向けたものであるなら、俺が錆川を助ける理由なんてない。

 だから俺にできるのは、ただ信じることだけだ。


「錆川さん」


 錆川が今まで関わってきた人たちが、手を差し伸べると信じることだけだ。


「蜜蝋、さん……?」

「顔を上げてくださいな。確かに私たちはあなたに痛みを押し付けるように仕向けられたのかもしれませんわ。ですがあなたがいなければ、私はここに立ってはいません」

「ですが、私はもう……」

「別にいいじゃありませんか。他人を助けるなんて、あなたにも私にも簡単にできることじゃありませんわ。結局は私もあなたと同じで、あなたの心の中をまるで理解していませんでした」

「……」

裕子ゆうこ先輩は『一緒に苦痛を背負ってくれる人』が魔王の前に現れる結末を書いていました。だから私たちで現実のものにしましょう」


 蜜蝋さんの言葉を聞き、後ろにいたアキも同調する。


「そ、そうだよ錆川さん! 小夜子さよこちゃんがあなたと一緒にいたいって言うなら、私も協力するよ! だって小夜子ちゃんの友達なら私の友達だもん!」

葉山はやまさん……」


 ……めでたしめでたしとは言えないだろう。錆川のやったことはそれほどまでに罪深いし、多くの人間の認識を狂わせた。岸本きしもとだって退学になるかもしれない。

 だけど、この学園にいる生徒たちに姉さんや倉敷くらしき先輩と同じような考えの人間がもっと多かったのなら、錆川をもっと早く止められたはずだ。錆川だけに罪を『肩代わり』させようなんて許されない。


「姉さんの死の真相はわかった。ならもう俺がアンタの隣にいる理由はないな」

「あ……」


 早いところ青田にも状況を伝えなければならないだろう。だけど最後に言うことがある。


「ただ、アンタが生きていたらまた会える。その時はわだかまりは無しで話したい」


 そう言って保健室を出ようとする俺の背後から、高くきれいな声が聞こえた。


「……また会いましょう、佐久間くん」


 この時、姉さんの真実を求める俺の戦いは終わった。




 錆川紗雨は今日も深手を負う 完

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