第42話 理由


 翌日の朝。


「おはよう青田あおた、昨日のデータは確認したか?」

「ああ」


 俺は昨日見つけた本当のエピローグを持ち帰り、スキャナーで画像データをパソコンに保存して青田と蜜蝋みつろうさんのメールアドレスに送った。万が一原本を紛失してしまっても三人で画像データを共有して証拠を残すためだ。


「お前の方はどうだった? お姉さんの部屋に手掛かりは残ってたか?」

「収穫はなかった。たぶん小説関連のデータは全て部室で管理してたんだろう」


 現状、姉さんが書いた小説にはエピローグが複数あるとわかっている。だが錆川さびかわが持っているエピローグは文芸部のパソコンに入っていたのに対し、俺たちが入手した方は掃除ロッカーに紙束の状態で隠されていただけだ。

 俺は昨日見つけたエピローグこそ姉さんが書いた真の結末だと確信しているが、その証拠は何もない。だから姉さんの部屋にメモでも残っていないか徹底的に探したが、エピローグに繋がるものは見つからなかった。


「まいったな。仮に昨日のエピローグを見せて錆川さんを説得しようにも俺たちが捏造したって言われたらアウトだぞ」

「しかも仮に俺たちが見つけたエピローグが本物だと証明できても、錆川が持ってるエピローグが偽物とは証明できない。両方本物の可能性もある」

「確かに一方は没原稿だったと言われたら反論できねえよなあ。しかもパソコンに残っていなかった原稿の方が没の可能性高いし」

「そうだとしてもこんな真逆の結末を同時に書くとも思えない。だから別の方向から探ってみる」


 俺は家から持ってきた紙束を取り出す。


「これって?」

「錆川が持っていた『魔王を永遠に処罰するエピローグ』のコピーだ。これが姉さんが書いたものではないという証拠を探す」


 これが偽の結末だと、姉さんの真意ではないと証明できれば、“ゴーストライター”の正体にも近づけるはずだ。


「といってもなあ……この原稿だってパソコンで書いてあるわけだし、お前のお姉さんが書いたものじゃないって証明のしようがないだろ」

「この原稿は文芸部の共有フォルダに入っていたらしい、つまり誰でも編集できる場所に置かれていたということだ。それにもうひとつ気になることがある。倉敷くらしき先輩のことだ」

「倉敷先輩?」

「昨日、あの人が文芸部の部室にいたのは錆川がバルマーだと勘づいたからだと言ってた。だけどそれだけじゃなかったとしたら?」

「……おい、まさか」


「あの人もエピローグの存在を知ってて、部室を調べに来たのかもしれない」


 可能性は十分にある。そもそも俺は最初、あの人を疑っていた。

 三人の勇者の一人、“白刃”のアマクサ。昨日見たエピローグではこのキャラは魔王を強く憎みながらも、その真実を知った時に自分の憎しみをどこにぶつければいいのか嘆いていた。その在り様はあまりにも似ている。


『アイツがみんなのためを思って怪我を『肩代わり』したってのも、理解してはいる』

『テメエは今ここにいるんだよ。テメエが柏原学園に入ったことで、傷を『肩代わり』したことで救われたヤツもいるんだろうさ。認めたくはねえがなあ』


 剣道部を変貌させた一方で、みんなの怪我を治してくれた錆川に複雑な感情を抱いている倉敷先輩にあまりにも似ている。


 そもそも三人の襲撃者と実際に小説のキャラのモデルになった人物たちは別だったんだ。本来は魔王と共に苦痛を引き受けて解決に向けて歩き出すのが三人の勇者だったのに、“ゴーストライター”の手によって魔王を憎み罰し続けるキャラに変えられてしまった。その結果、三人の襲撃者は復讐に駆られてしまった。


 奥村おくむら先輩、蜜蝋さん、そして錆川自身も錆川紗雨ささめという人間を恨み続ける結果になってしまった。


「姉さんが倉敷先輩をモデルにアマクサというキャラを作ったのだとしたら、先輩はこのエピローグについて聞かされていてもおかしくない」

「なるほどなあ……」


 そう言いながらも、青田の顔は曇っていた。


「しかしよ佐久間さくま、現状あの人とは決裂状態だぜ。どうすんの?」

「うっ……」

「お前は結果を焦るあまり危険な橋を渡りすぎてるぞ。もっと安全な道もあるだろ?」

「安全な道って?」

「何もお前が直接倉敷先輩に接触する必要はねえんだ。俺があの人に話をつけに行けばいいだろ」

「お前が? あの人と?」


 ……大丈夫だろうか。


「おっ、その顔は心配してるな? だけどよ、佐久間が行くよりは俺が行った方が遥かに安全だぜ。少なくとも俺はあの人と敵対した覚えはないからな」

「……わかった。それじゃあ俺は蜜蝋さんと一緒に文芸部のパソコンを調べてみる」


 方針は決まり、俺たちは放課後に改めて動き出すことにした。


 ※※※


 放課後、俺はB組の教室で蜜蝋さんに質問を投げかけた。


「文芸部のパソコンですか?」

「ああ、俺の何度か文芸部の部室に立ち入ったが、中にパソコンらしきものは見当たらなかった。どこにあるか知らないか?」

「あのパソコンでしたら使わない時は折りたたんで戸棚にしまわれてれいる時が多かったので、もしかしたらまだ戸棚に残っているかもしれませんわ」

「戸棚に?」


 そういえば戸棚の中までは見ていなかった。それなら調べてみる価値はあるか。


「よし、じゃあ早速……」


「お探しのものは……こちらですか……?」


 だが俺たちの動きは小さいながらもはっきりとした声に遮られた。


「錆川……!!」


 視線の先にはノートパソコンを両手で持つ錆川がフラフラとした足取りで歩いてきていた。


「どうやらあなたは……どうしても私の邪魔をしたいようなので……ハッキリとした証拠をお見せするためにお持ちしました……」

「どういうことだ?」

「佐久間くん、あれ……文芸部のパソコンですわ!」

「なに!?」


 錆川は机にパソコンを置いて起動し、俺たちに画面を見せる。


「ご覧ください……裕子先輩は確かにこのパソコンに小説を残しています……」


 確かに錆川の言う通り、『共有』と書かれたフォルダには錆川の家で見せてもらった小説のエピローグが入っていた。保存された日付も姉さんの命日より前だ。


「……いかがですか? あなたのお姉さんも……私が苦痛を引き受けることを望んでいたのです……皆様と同じように……」

「これを見たからといって、俺が納得すると思うのか?」

「納得もなにも……事実をお見せしたまでですよ……」

「なら聞くが、このパソコンに部員ごとの個別のフォルダはあるのか? 姉さん個人のフォルダを確認しなければ俺は納得しない」

「でしたらご覧ください……」


 錆川は『佐久間』と書かれたフォルダを開こうとするが、パスワードを求められた。


「このように……個人のフォルダにはそれぞれパスワードが設定されていますので……他の誰かが確認することはできません……」

「待て待て待て。ならさっきのエピローグが姉さんの書いたものだとは証明できないだろう」

「証明も何も……裕子ゆうこ先輩の小説のエピローグが文芸部のパソコンの中に入っているのですから……裕子先輩が書いたとしか思えないでしょう……?」

「エピローグだけが共有フォルダに残っているなんて都合のいい話があると思うのか?」

「裕子先輩は……このエピローグを書いた後に自ら命を絶ったのです……つまりは私のことを……否定するために……」

「なんだと?」


「『錆川紗雨は苦しむべき存在だ』。それが裕子先輩の遺志だということです……」


 そう言って錆川は力のない表情で笑い始めた。


「ふざけるなよ錆川……姉さんがアンタを糾弾するためにわざわざエピローグを残して自殺したって言うのか? 姉さんがそんな人間だと思っているのか!?」

「……私に対してなら……誰でもそう考えると思いますが?」

「アンタは……!」

「お待ちください、佐久間くん」


 俺の動きは蜜蝋さんに制止された。


「答えてください錆川さん。私に『錆川紗雨に復讐しませんか?』というメールを送った人物……“潔白”のバルマーとはあなたなのですか?」

「……ええ、そうです」

「……!!」


 予想していたこととはいえ、本人の口からその事実が出ると動揺する。蜜蝋さんもそれは同じだったようで。次の言葉が出るまで少しの時間がかかっていた。


「だ、だとしたら、あなたはこの私に自分を殺させようとしていたわけですね?」

「ええ……」

「なぜそんなことを? 私があなたの死を望んでいると思っていたのですか?」

「“蜜蝋さんが”ではありません……私を知る人たち全員が望んでいると思っています……この私も含めて……」

「私が聞いているのは錆川さんがそう思った理由ですわ。なぜ皆さんがあなたの死を望んでいると決めつけているのかを聞いています」


 言われてみれば、錆川は『自分は死ぬべき存在だ』としきりに口にしてはいるがその理由を聞いたことはない。


「……私は、皆の痛みを肩代わりする『体質』を持っています。ならそれが何よりの理由ではないですか?」

「え?」


 一瞬理解が遅れたが、つまり錆川はこう言いたいのだろう。


 『自分は死ぬべき存在だからこそ、この『体質』を背負うことになった』と。


「なんだよそれ……じゃあアンタは自分がその『体質』を背負った理由を作りたいから自分で自分を追い込んでるって言うのか?」

「……そう思ってもらって構いませんよ。どちらにしろ、皆様の痛みを肩代わりさせていただいたことで……私はもう長くはないでしょう……」


 その言葉の直後。


「おい、錆川!?」


 白い身体が横に傾き、枯れた木のように倒れて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る