第12話 ニトログリセリンの心

 ピピピピッ……ピピピピッ……。


 30秒を告げるタイマーが鳴ったとき、ミクは放心したようにポカンと口を開けていた。


「ねえねえ、西園寺さん」

「…………」

「ストップウォッチが鳴っているよ」

「あっ⁉︎ はい⁉︎ ありがとうございます」


 照れを隠すようにテヘヘと笑った。


「すごいんだね。あの鬼竜さんが手も足も出ないなんて。東堂さんは本当に強いんだ」

「元自衛官の人ですから。スーパーヒーローみたいな存在です」

「格好いいなぁ」


 この流れはマズい。


 イブキの支持率が急上昇している。

 みんなの瞳にハートマークが浮いちゃっているし、口々に黄色い声だって聞こえてくる。


「東堂さんって本当に恋人がいないのかな?」

「さあ……どうでしょうか……あまり考える気になりません」

「西園寺さんは気にならないの? 今日からヤンデレ島で一番偉い人なんだよ」

「教官と入所者の恋愛はご法度はっとじゃないですか。いちおう、ステキな殿方とのがただとは思いますが……」

「割り切れるんだね。大人の考え方だなぁ」

「あはは……恐れ入ります……」


 抱っこ⁉︎

 まさかの抱っこ⁉︎

 しかもお姫様抱っこ⁉︎


 ゴゴゴゴゴゴォ……。

 嫉妬しっとのマグマがき出しそうになる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「西園寺さん、大丈夫? なんか息があがっているけれども」

「私は平気ですよ。友情が終わるタイミングについて、想像を巡らせていただけですから」


 ミクが髪の毛をいじくっていると、女子グループの会話が聞こえてきた。


「鬼竜さんの表情、かわいかったね」

「怖いイメージだったから意外だな」

「ッ……⁉︎」


 アカネの支持率まで上昇している。

 想定していなかった現象にミクはあせりを感じる。


「こういう話は不謹慎ふきんしんだけれども、院長さんと鬼竜さんはお似合いの男女って感じだよね。二人ともスポーツ向きの体型だしね」

「ッ……⁉︎⁉︎⁉︎」


 ドッカーン!


 ニトログリセリンの心に引火してしまった。

 いますぐ地震がやってきて、ヤンデレ少年院なんか大破したらいいのに、とネガティブな妄想をしてしまう。


「ミクっち、ごめん……」


 いじけているところへ折り悪くもアカネが戻ってくる。


「心配してくれたのに無様ぶざまに負けちゃったよ」

「別に……良かったじゃないですか……お姫様抱っこまでしてもらえて」


 ミクはそっぽを向く。


「お姫様抱っこにあこがれているの?」


 アカネはその肩に腕をかけた。


「髪に糸クズがついているよ」

「ほぇ?」

「なんちゃって」


 油断させてから一気に両腕で抱き上げる。


「あわわわわわっ⁉︎」

「ほれほれ。どうかな。不意打ちのお姫様抱っこは」

「アカネちゃんにされても嬉しくありません。女の子が女の子を抱っこすると変な路線になっちゃうじゃないですか」

「このままミクっちを誘拐ゆうかいしたいけどな。お腹いっぱいになるまで焼肉を食べさせたい」

「ッ……」


 ミクは抵抗するように足をバタバタさせる。

 けれどもアカネを喜ばせるだけの効果しかなかった。


「アカネちゃんは男の子に生まれ変わってください! もしくは、バストを5cmわけてください」

「あっはっは! ミクっちも胸を気にするお年頃なんだ!」

「もう! いじわる!」


 抱っこから抜け出すと、ミクは仲間の輪から遠ざかっていった。


「あぅ!」

「西園寺、大丈夫か?」


 なんとイブキにぶつかってしまった。


「あの⁉︎ その⁉︎」

「痛かっただろう」


 頭をナデナデしてもらう。

 かえって胸の中が痛くなる。


「すまん、俺の不注意だった」

「そんなことはありません! 私がドジなので……」


 イブキの胸におでこを押しつけた。

 甘える子犬のようにグリグリした。


「あの……東堂さんはアカネちゃんみたいな女の子が……その……」

「ん? 鬼竜か? どうかしたのか?」

「いえ⁉︎ 何でもないです!」


 情けない表情を見られたくない。

 だからもう一度甘えてみる。


「そんなにおでこが痛かったのか?」

「あっ……いや……治りました」

「そうか。よかった」


 イブキが小さく笑いかけてくる。


 嬉しかったので、テヘヘ、とはにかんだ。

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