第11話 お姫様抱っこは恋の味

 あっ⁉︎

 しまった⁉︎


 かわいい挑発をしておきながら、アカネは一秒後に大赤面していた。


「いや⁉︎ 一対一サシで勝負しようというのはですね……」


 全否定するように手を振っておく。


『センスのかたまり

『心意気は一生の宝』

『鬼竜はギラギラしている』


 嬉しすぎてうっかり口を滑らせてしまった。

 大人から認められるなんて本当に久しぶりだった。


 今となっては苦い記憶だが、前の前の院長からべためされたことがある。


『なんですか! 照れるじゃないっすか!』


 冗談のつもりでショートパンチを繰り出したら、それが相手の急所にヒットして悶絶もんぜつさせてしまい、海の向こうに渡っていった彼からは、その後一切の音沙汰おとさたがなかった。


 軽く叩いたつもりなのに……。

 院長を病院送りにしちゃった……。


 軽いトラウマ体験である。

 アカネは生まれついた戦闘センスを呪いまくった。


 レディース時代からの二つ名がある。

 毒サソリレイスティンガーの鬼竜。


 アカネとタイマン勝負した相手は、必ず一撃でノックアウトされ、何が起こったのか理解できないまま意識をり取られることから、一撃必殺の名をほしいままにしてきた。


 イブキまで病院送りするのは避けるべき。

 そう判断できないほど不器用なアカネではない。


「さっきの発言、やっぱり無しでお願いします!」


 ミクをはじめ、ギャラリーから安堵あんどのため息が聞こえる。


「ちょっと待て……」


 しかし返ってきた答えはノー


「一対一で勝負してみよう」

「本気ですか⁉︎」

「もちろんだ。男に二言にごんはない」

「格好よすぎるでしょ、院長さん。男に二言はないだってさ。そういう相手と戦いたかったんだ」


 アカネは腕をぐるぐると回した。


「落ちつけ。なぐり合いをやるわけじゃない。俺が入所者に怪我させたらニュースになる。そこでだな……」

「ん?」


 イブキが指さしたのは木刀。


「それで俺に打ちかかってこい。30秒以内に一撃でも命中させられたら鬼竜の勝ちだ。俺が受け止めていいのは両手だけ。30秒をしのぐか、鬼竜から木刀を取り上げたら俺の勝ち。これでどうだ?」

「ダッシュで30秒逃げ回るとか、ずるいマネはしないですよね?」

「もちろんだ」


 アカネは白い歯を見せて笑った。


「お兄さんが怪我しても知りませんよ」

「心配するな。鬼竜はまだ若い。大した威力ではあるまい。この体にかすることがあれば上出来だ」

「あっはっは! 最高です!」


 戦う前から勝利宣言された。

 こういう猛者をアカネは待ち望んでいた。


「ミクっち、これを預かっといて」


 外したタスキをミクに渡す。


「あわわわわわっ⁉︎ 本当にやるのですか⁉︎ 東堂さんはお強いですよ⁉︎」

「知っているよ。だから戦ってみたいんだよ」

「しかしアカネちゃんの無敗記録が……」

「むしろ負けて本望ほんもうさ」


 アカネは指なしグローブをはめてから木刀を構える。


「私の胸に触れられたらお嫁さんになってあげるよ」

「おいおいおい……おかしいだろ……どうしてそうなる」

「自分より弱っちい人間とは結婚しないって昔から決めているの」

「古典的だな。そういうのは好きだぞ。しかし鬼竜と結婚するのは無理だが……」

「なんで? 既婚者きこんしゃだから? 本土に恋人がいるから?」

「違うぞ。俺は教官だからな。裁きを受ける」

「そっか。それなら仕方ないね」


 アカネの木刀が、ぶん、と空気を斬った。


「じゃあ、私が負けたら何でも言うことを聞いてあげます」

「それでいい。少し確かめたいこともあるしな」


 イブキは両手を前へ突き出した。

 

 緊張感が高まってくる。

 ギャラリーの一人がごくりと生唾なまつばを飲む。


 タイマー係に選ばれたのはミク。

 ストップウォッチを30秒にセットして片手を持ち上げる。


「勝負! はじめ!」


 アカネは一気にダッシュした。


 まずは袈裟けさりを繰り出す。

 これをイブキは半歩さがりつつ片手でいなす。


 アカネは跳ね上げるように斬りつけた。

 しかしイブキの体にはあと3cmほど届かない。


 あと一歩。

 いや、見切られている。

 ギリギリの距離で避けたのだ。


 アカネの中でぷつんと切れる音がした。


「おりゃ!」


 意表いひょうを突くための回し蹴りを放った。


 これはフェイント。

 イブキの意識が一瞬でも足へ向けばいい。


 そして本命の一撃。

 回転の勢いを利用して木刀を叩きつける。


 これならどうだ?

 並みの人間なら地面に伏せているはず。


「なっ⁉︎」


 急にアカネの視界が反転した。

 いつの間にか手から木刀がなくなっていた。


「なんで……」


 マヌケ面の先にはイブキの顔がある。

 一方、アカネの足はぶらぶらと浮いている。


 これは抱っこだ。

 家族以外の人間に抱っこを許してしまった。


「えっ……いや……ちょっと……」

「最後の一撃、なかなか見事だったぞ」

「なんで抱っこされているんだ……さっきまで戦っていたのに」

「恥ずかしがるな。結婚する勇気があったのだろう。あと足をバタバタするとパンツが見えるぞ」

「うわぁ⁉︎ やばいって⁉︎ というか強すぎるだろ……院長さん……全然動きが見えなかったよ……宇宙人かよ」


 生まれて初めてのお姫様抱っこだったので、アカネはびしょれの子猫みたいな顔になり、緊張と興奮ではぁはぁと甘ったるい吐息といきをもらした。


「鬼竜は意外に軽いんだな」

「ばっ⁉︎ ばっ⁉︎ ばかなこというなよ⁉︎ 私は見かけより重いだろ⁉︎」

「そんなことはない。理想的な筋肉の付き方をしている」

「理想的なのか⁉︎ こんな私が⁉︎」

「ああ、鬼竜は理想の女だ」

「ッ……」


 アカネの顔が限界まで赤くなる。


「私が悪かったよぉ……もう許してくれよぉ……これじゃ公開処刑だよぉ」


 死ぬほど恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて、トロトロの表情を腕で隠してしまうアカネであった。

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