畏敬の念

 俺を見つめるキノコヘッドのタロは、爛漫とした瞳で聞いてきた。


「ねぇねぇ? ディノン。街獣ってどんな感じなの?」


「どんなって……」


 チビ助に聞かれあの時、経験した激的な光景を思い出し語る。


「――――デッカくてビビった」


「それじゃ解らないよ! もっと具体的に説明して」


「いや、まぁ、なんだろな。初めて見るから、正直……怖かった」


「怖い体育の先生に引かないディノンが、怖いってことは相当だね」


「でも不思議なんだよ。怖いのにもっと知りたい。もっと近くで見たいって気にさせんだよ。何て言えばいいのか解らねぇけど」


「なるほど、多分それは……」


 タロは腕組みし人差し指でメガネを押し上げ、気取るように答える。


「"畏敬いけい"って言うんだよ」


「イケイ?」


「ある物に対して怖いって感情があるのに、同時に尊敬して、敬いたいっていう感情なんだ」


「訳分かんねぇ。怖ぇのに尊敬したいだと? そんなことあんのか?」


「あるさ。例えば……」


 キノコみたいな変な髪型のタロが、不適な笑いを見せて勿体ぶってると鼻に付く。

 とりあえず一発、そのキノコヘッドを殴りつける。


《いだいっ!》


「早く言えよ」


 タロは頭をさすり半べそかいて答えた。


「もう! すぐ殴る……それはね――――神様だよ」


「神?」


「そう、【ユウガ】の名前はこの街の名前でもあり象徴シンボルでもある。ディノンが見た街獣は神様以外の何者でもない。しかも戦う神様だからね。言い伝えで聞く軍神だよ」


「軍神……」


 解っていたが改めて思い返すと、気が狂いそうになる経験だ。

 何せ人間様よりも遥かに偉い、神を目の前で見たんだから。


「まだ実感がねぇけど、少し解ったこともあるぜ」


「何?」


「なんでこの街の年寄はヤドカリを守り神、クジラを軍神なんて祀ってるのか。俺らが生まれる前に戦争があった。で、昔兵隊だった年寄達は街獣ユウガと一緒に戦場で戦っていた。ヤドカリみたいな形は防衛形態だったから守り神。クジラの形になると攻撃的になるから軍神。そういうことだろ?」


「きっとそうだよ」


 舗装されていない大通りは、馬や車が走る度に土埃でもやがかかったように、街の景色を白っぽく覆う。


 信じられないのが道の片側に並ぶ店の先は勾配こうばいな崖で、落ちればダルマのように転がって溶岩の沼にハマり燃え尽きるとは、考えつかないほど呑気な街並みだ。


 俺達三人でフラフラ街を歩いていると、見えない壁にぶち当たったような衝撃に襲われる。


《ディィノォォオオンッ!! アンタまた学校サボって何遊んでるのぉぉおお!!!》


 鼓膜が破れそうなほどの怒鳴り声で、俺の脳ミソはくるみみたいにカラカラと回される。

 目の前には鬼の形相で仁王立ちするオバサン。

 いい歳して茶髪にブローかけてダサ過ぎて、息子の俺が恥ずかしいぜ。


「ウゲロ!? お袋!」


「あんた、また悪さして! 学校から連絡があったよ。毎回毎回、お母さんが学校に頭下げてんだからね」


 俺の後ろで慎重に歩く猫みたいに退散する二人を、お袋は見逃さなかった。


「クリム! タロ君! 二人もウチの不良息子とつるんで何やってるの!」


 お袋がナゼ、タロだけ君付けかというと、政治家の四男坊だからだ。

 クリムとタロは臆病な亀みたいに、首を肩へ沈めながら、振り向いて苦笑いで誤魔化す。


 お袋は悲しげな目で俺を見て決まり文句を言う。


「天国のお父さんが見たらなんて言うか」


「死んだ人間が説教でもすんのか?」


「コラ! あんたなんてこと言うの!」


「うるせぇ! クソババア!」


《どの口がクソババアなんて言わせるのぉぉおお!!!》


 首から上がもげそうな程、お袋の怒鳴り声は風圧が強い。

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