4章(9)

 夜遅く、僕の個室に連絡会のメンバーが集まった。

 ザッと経緯と状況を伝える。

 宮間さんの決意の場面では、驚きの声が漏れた。


「――このまま虎丸さんを社長にするのは問題がある。どういう方法がとれるのか、みんなの意見を聞かせて欲しい」


 真っ先に手を挙げて発言の許可を求めたのは、匠司だった。


「虎丸は少なくとも複数の強姦と暴行をしています。二十一世紀なら刑事事件ですよ。排除すべきです」


「排除って、おまえ――殺すのか? 暴力の連鎖には絶対反対!」


 語気を強める遊馬に、匠司が冷ややかな視線を投げつける。


「殺すなんて言ってない。本当は、それが後腐れがなくていいけど――やったら、おしまいだろ。期限なしの禁固刑、もしくは追放が妥当じゃないかな」


「せやけど、手ぶらで話して、ハイ分かりましたってならんでしょ。結局、コレがいるんちゃうかぁ」


 晴川が、銃を撃つジェスチャーをする。

 遊馬が大きなため息をついた。


「なんで平和的な解決を目指さないわけ? みんなこの時代に毒されすぎてねーか。まず話し合いでしょ? 虎丸さんだってバカじゃないんだ。言い方、話し方でどうにかできると思う」


 遊馬の熱弁を聞いて思い出した。


「そういえば虎丸さんは、一時期、遊馬の直の上司だったんじゃないか?」

 

「はい。部下のミスを自分が引き取る、漢気のある人でしたよ。……あ、でも、全然、味方する気はないですよ。おれは祐介さん派です!」


「何々派とか、生々しくなるやん急に」


 晴川が苦笑いを浮かべた。

 それまで黙って話を聞いていた弓鳴が発言した。


「虎丸と一緒になっちゃうから、先に私たちが『社律違反』するのはナシ。先に相手に、それを押さえるためにやむなく暴力を使う――ってどうかな」


「こえー……、真記……こえーよ、おまえ」


 遊馬が自分の体を抱いて震わせる。


「ええんちゃう。大義名分、大事やね。でも違反させるって、具体的になんなん?」


「それなんだけど……」

  

 そのとき、営業局の社員たちがノックもせずに入ってきた。

 全部で五人。

 虎丸一党の構成員だ。

 張りつめた空気の中、営業二部の係長の村越が進み出た。

 僕より二歳年下で、新規の販路を開拓する交渉術に定評がある。

 額がM字に後退しており、小狡賢こずるがしこそうに動くつぶらな瞳が、どことなく蛇を連想させた。この時代に来て、いっそう人相が悪くなった気がする。


「皆さん、こんな時間に集まって、何を話していたんです?」


「今後の組織体制について、アイディアを募っていた」


 とっさにそう答えた。まんざら嘘ではない。

 村越は顔をゆがめて笑った。


「それは、実に良いタイミングです。虎丸新社長は、秘書が必要だと言っています。弓鳴、ご指名だぞ」


 言葉や表情に、醜い劣情が滲み出ている。

 弓鳴はきっぱりと断った。


「嫌です」


「おまえに拒否する権利はない。立て。奉仕の時間だ!」


 村越の視線が、弓鳴の体の上を這い回った。


「いや、会社の中で『奉仕』ってありえないですから。お金もらっても嫌ですけど」


「……虎丸社長は、ご存知だぞ。茶山さんにあることないことを吹き込んだのが誰なのか。お仕置きが必要だと仰っている」


 粘っこい言い方に、聞いているだけで嫌悪感がわいてくる。

 遊馬が立ち上がり、二人の間に割って入った。


「待ってください、村越さん――」


 その遊馬の肩を、村越が強く突き飛ばす。


「どけ、遊馬! すっかり取りこまれやがって、営業局の面汚しが。今後、必要事項は、毎朝教会で発表する。連絡会は解散だ」


 村越が、さげすみのこもった目を僕に向けた。


「茶山さん、あんたは専務だってよ。天道社長の茶坊主って言われたあんたが、出世だよなあ。社畜の星だよ」


 村越が僕の肩を気安く叩こうとしたとき、遊馬がその手を払った。


「何言ってんすか。社長になるのは虎丸さんじゃない、祐介さんだ! 真記のことも、あんたたちには渡さない!」


 堂々と言い放つ。

 村越たちは突然の宣戦布告に目を丸くさせている。


「おまえのいう『話し合い』ってさ……」


 匠司が小さく首を横に振った。

 確かに、結局、いつも遊馬が話をややこしくしている。


「遊馬、貴様ァ――そこをどけ!」


「ゲスども、ねや!」


 晴川が遊馬に加勢した。

 相手の方が人数は多いが、そもそも部屋がそれほど広くないので、押し合いになっている。

 弓鳴が僕に体を寄せてきた。

 小声で言う。


「茶山さん。いまから虎丸は『社律』に違反します。意味、分かります? 現行犯なら、証拠なしで裁けますね?」


「……いや、ダメだそれは」


 弓鳴が、一瞬、目を細めて泣きそうな顔をした。


「私じゃなくていい。『社律』を守ってください。


 弓鳴は笑った。もう、目の中に一切の怯えも迷いもなかった。


「待ってます」


 そう言い置いて立ち上がり、遊馬の背中を優しく叩いた。


「遊馬、ハレちゃん、ありがとう。私、行くよ。そこをどいてもらえる?」


 盾になっていた遊馬と晴川が驚き、弓鳴を止めようとする。


「おまえ、何言ってんだよ!」


「真記ちゃん、アカンて。行ったら、あんた……」


「決めたの。いいから、どいて」


 その返答に、遊馬と晴川が絶句した。

 弓鳴が目で合図を送る。

 それで晴川はハッと気づいた顔をしたが、遊馬にはまるで伝わっていなかった。


「いいわけねーだろ! おい、真記!」


「うるさいんだよ。どけ、遊馬!」


 村越に一喝され、遊馬が茫然と部屋の隅に寄る。

 村越が弓鳴に手を伸ばし、腕をつかむ。

 弓鳴がそれを乱暴に払いのけた。


「触らないで」


 村越が分かったと言うように両手を上げた。

 勝ち誇った笑みを僕たちに向ける。


「本人が了承したんです。みなさん、変な揉め事はナシでお願いしますよ。一応言っておくと、『武器庫』は我々が管理しておりますので」


 領主バスティアーノは、僕たちに剣と銃を貸し与えていた。それをまとめて修道院の一室で管理していたが、虎丸さんは先んじてそこを押さえたらしい。

 完全に独裁体制を敷くつもりか。


「では、良い夜を」


 村越たちは、弓鳴を前後に挟んで歩き去った。


「なんでみんな、止めないんだよ」


 激昂する遊馬の肩を、晴川が優しく叩く。


「迫真やったな。アホでありがとう」


「は? どういうことだよ、恵」


 遊馬ひとりが、話にまったくついてきていない。


「決まってるだろ。今から、弓鳴を助けに行く」


 匠司の目に、これまで見たことのない怒りが宿っている。


「手ぶらで? おれはともかく、他のみんなは……」


「あるだろ? おれたちしか存在を知らない銃が」


 匠司に指摘されて、遊馬が納得したようにうなずいた。


「――『森の地下』か」


「よし、急ごう」


 僕の言葉で、全員が部屋を出た。

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