4章(10)

 虎丸さんは、早くも宮間さんの部屋を自室として使っていた。

 扉の向こうから、悲鳴と怒鳴り声、笑い声が混じり合って聞こえてくる。

 僕は振り返り、部下たちに合図を送った。

 それぞれ、森の地下工房から持ち出した銃に弾の装填を始める。


 『研修』で渡される銃とほぼ同じなので、手順は体が覚えていた。

 火薬の入った包み紙を取り出し、口で封を切る。中の火薬を銃口に注ぎ、同じ紙に入っていた丸い弾を入れ、杖を使って砲身の奥へと押し込む。

 ここまで、十秒ほど。

 あとは銃の背に挟んだ縄に火を点けて引き金を引くだけだ。


 ほとんど同じ速さで、部下たちも用意を済ませていた。

 晴川、匠司、遊馬、自分の順に指をさしていく。

 火縄銃は連射できないから、タイミングをずらして撃つ必要がある。 

 晴川が自分の縄に火を点けてから、ライターを匠司に手渡す。


「ほな、いこかぁ」


 まったく緊張が感じられず、楽しげですらある。

 なんという強心臓だ。頼もしい。

 晴川はギャング映画のように、足で蹴って乱暴に扉を開けた。


「おう! なんや犯罪の臭いが漂っとんなァ!」

 

 室内に、虎丸さんとその部下たちがたむろしていた。

 弓鳴が、いつも役員会で使っているテーブルの上に数人がかりで仰向けに押さえつけられている。服が引き裂かれて、上半身はほとんど裸だが、本格的に暴行された形跡はない。 

 どうやら、間に合ったようだ。

 弓鳴が僕たちに向かって叫んだ。


「……助けて! この人たちに乱暴されています!」


「はよ真記ちゃんから離れろや、ドアホ!」


 晴川は天井に向けて発砲した。

 このタイミングで撃つとは!

 白煙が漂い、轟音とともに、石がパラパラと落ちてくる。


「早いよ、晴川」


 匠司がボヤきながら、自分の火縄に点火した。


挨拶あいさつ代わりにええやろ」


 晴川が匠司に場所をゆずりながら笑う。

 虎丸さんたちを怯ませる効果は、充分にあったようだ。

 あっけにとられて、固まっている。

 晴川は、尋問のときといい、人の心をくじくことが巧みだ。

 イタリア人を相手にした生産管理の仕事でつちかった能力かもしれない。

 海外の提携工場はおしなべて納期を守る意識が低いが、特にイタリア人はその傾向が強く、飴と鞭のを強めにしなければ予定通りに進まないという。


 匠司が、アルケブスの銃口を虎丸さんに向けた。


「動かないでください。知っての通り、この銃は命中精度が低い。でも、――胴体に当たるか、顔に当たるかの違いしかない」


 三メートルほどの至近距離だ。

 虎丸さんは唾を撒き散らせてわめいた。 


「……貴様ら、これはなんだ! どういうつもりだ!」


「そこをどけ言うてるやろ。他のやつらも、お喋りすなよ。口を開けたやつから、あの世に送ったるからなァ」


 次は遊馬の番のはずなのに、晴川が再び弾を装填している。


「僕たちは、平和的な話し合いを望んでいます」


 遊馬は大真面目な顔で言いながら、銃口を室内にいるひとりひとりに順番に向けて動きを牽制した。まるで説得力がない。

 虎丸さんと部下たちが、弓鳴から手を離した。

 弓鳴がテーブルから降り、胸元を押さえて僕たちの方に駆けこんでくる。


「遅いですよ!」


 僕に向かって本気で怒った顔をしてから、晴川の後ろに隠れた。

 虎丸さんが両手を広げて主張する。


「これは合意だ! その女の方から誘ってきたのに、急に暴れ出して――」


 滑稽なことに、それが事実だということを、この場にいる全員が知っている。

 だが――


。そう仰ったのはあなたでしたね。私が見たのは、あなたが『社律』に違反した現場です。性的暴行は、未遂でも重罪ですよ」


 虎丸の隣にいる村越が、上ずった声で言った。


「イキってんじゃねえよ。そんな古い銃で、この人数を全員相手にできると思ってんのか」


「勘違いしないで欲しい。僕たちの相手は虎丸だけだ」


 匠司が引き金に手を掛ける。


「どうするんです。火が消える前に撃ちますよ」


 火の点いた縄の先が、音を立てて短くなっていく。

 村越が虎丸さんを見る。

 頭の中で、足し算引き算をしている顔だった。


「分かった!」


 虎丸さんが言ったのは、部下の裏切りを予感したせいかもしれない。


「その女には、もう手を出さない。これで終わりだ! もういいだろう!」


「いえ、これからです。『社律』違反の罪を受けていただきます」


「さっきから、社律社律うるせえな! あんなものは、法律的な基盤も何もない、天道社長の作文だろうが! そもそも、世の中のどこにも存在しやしねえんだよ」


 僕は自分のこめかみのあたりを指で叩いた。


。全部。何なら、何条何項に違反しているか読み上げましょうか」


 虎丸さんが引きつった笑みを浮かべた。


「茶山、おまえ――イカれてんな」


「ここに、『社律』を守れない人は要らない」


「なら、上位者の意見は絶対だろうが!」


「いまは会議中ではありません」


「貴様ァ……」


 僕の返事に、虎丸さんは鬼のような形相を浮かべた。

 村越が、隙を突いて僕に飛びかかってきた。

 いつの間にか、手に短刀を持っている。

 遊馬が一歩進み出ると、銃の背中でそれを受け止めた。

 村越の足を蹴ってよろけさせ、背中を銃の底でついて這いつくばらせる。

 村越は、ひいっと叫んで、短刀を捨てて頭を抱えた。

 射撃の準備を終えた晴川が、銃口を村越ではなく虎丸さんに向けた。


しつけの悪いペットの責任は、飼い主に取ってもらわんとなァ!」


「待て――分かった!」


 虎丸さんが両手を上げ、肩越しに部下たちに叫ぶ。


「誰も動くな!」


 部下たちも、みんな手を上げた。


「虎丸さん――あなたへの罰は、『追放』です」


 僕が告げると、虎丸さんが、がくりとうなだれた。

 一気にいくつも歳を取ったように見えた。

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