3章(6)
匠司と話をした後、宮間さんの使いの社員がやってきた。
会議を開いて、今日一日の方針を決めるという。
さっそく、匠司からもらった松葉杖を使わせてもらうことにした。
僕が使い慣れていないせいか、ひどく歩きづらい。
歩こうとする意識と実際の体の動きが、まったく噛み合わない。
コートが必要に思えるほど寒いのに、数歩で汗がこぼれた。
「茶山ッ! 上役を待たせるやつがあるか!」
虎丸さんの声が飛んできた。
丘の上であぐらをかき、片膝を揺すっている。
ずいぶん苛立っている様子だ。
なぜ、会議の場所をわざわざ丘の上に――
虎丸さんの戦国脳が関係している気がする。
会議は十五分ほどで終わった。
丘を下った平らな場所で、休憩所の設営が始まっていた。ビルから持ち出した備品を組み合わせて、簡易的な日除けテントを作ろうとしているようだ。その作業を指揮しているのは、企画局の
柱が立ち、日除けの幕が緩みなく張られると、周囲の社員から歓声が上がった。
局の垣根を越えた一体感があった。
それを見ていて、急に涙が出そうになった。
社内のゴルフ大会も卓球大会も、局対抗だった。
普段から、他の局の人間は敵、くらいの感覚があった。
でも、いまは――同じ会社の仲間みたいだった。
× × × ×
朽木さんが、川に近い場所で何かを大量に燃やしていた。透明のクリアファイルを
「それ、灰にしちゃっていいんですか……?」
朽木さんはチラッとだけ僕を見て、すぐに視線を火に戻した。
「みんなで必死になって持ち出したんだけどね。この時代に税務調査は来ないだろう?」
冗談かと思って笑おうとしたら、本人はごく真剣な顔をしていた。
「……朽木さん、ご報告がありまして。朝の役員会議で組織の再編が行われ、朽木さんが執行役員に選出されました! おめでとうございます! いままでなっていなかったのがおかしいですよね!」
僕は力を込めて拍手をした。
役員会議で、新体制が固まった。
宮間さんは常務から社長代理に昇格し、組織のトップに就く。
ナンバー2に、虎丸さん。肩書は専務。創業者一族でない者にとっては、事実上、このポストが最高位になる。謹んでお受けいたします、と鼻息が荒かった。
ここまでが取締役。
僕は経営戦略局の局長となり、執行役員の肩書きを得た。
もうひとり、こちらは年齢からして順当ではあるが、宮間さんの推薦で朽木さんが執行役員に選出された。コローレの役員会では取締役だけが議決権を持つため、僕と朽木さんは、会に出席して発言はできるが、意思決定には関われない立場になる。
それでも、出世には違いない。
朽木さんは、いつもの仏頂面で、黙って火を見ている。
まったく嬉しそうではなかった。
「あの――名刺、作りましょうか。手書きで。
「君は」
朽木さんは大きな声を出して僕の言葉を遮った。
すぐにトーンを落とし、いつもの落ち着いた口調で、
「君は、なんでそんなに出世したいんだ? こんなところまで来て? 給料が上がるわけでもない。家族に喜んでもらえるわけでもないのに」
「まだ会社員だからです」
「会社なら、もうすぐなくなるよ」
朽木さんが足元で燃えている経理書類を
紙と数字。
それが、ずっと経理や総務に
「なくなりません。私たちが続ける限りは」
そう思わなければ――思い込まなければ、中世イタリアで会社員などやっていられない。
朽木さんが小さく息をついた。
「――茶山くん。君は骨の
その顔からは、何の感情も読み取れなかった。
昼過ぎに、再び役員会が開かれた。
朽木さんも出席したが、虎丸さんから離れた場所に座り、互いに目を合わせようとしない。間に挟まれて、ひどく気疲れした。
一番の議題は、生活拠点の確保だ。
現在の社員数は、百五十二人。
朽木さんが、全員を
「よし、どうにかしろ、茶山!」
虎丸さんの、
「虎丸さん、そういう言い方はよくない。――お任せするのでお願いします、茶山さん」
宮間さんが丁寧に言い直してくれた。
内容は同じだった。
少人数の偵察隊を出すのが現実的だろう。
営業、生産、企画、管理の各局から一名を選出した『連絡会』は、一時的に経営戦略局の所属となっていた。僕は、借り物ではあるが四人の部下を抱えることになったわけだ。
連絡会を通じて各局に一名ずつ出して欲しいと頼むと、結局、連絡会の面々がそのまま探索を担当することになった。
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