第28話 謎スペースで雑談を
ほんの少し騒がしくて、けれどいつも通りで、ちょっとだけ特別な夕食を終えた俺たちは。
旅館特有の窓際謎スペースへと陣取りながら、ゆるりと過ごしている。
「このスペース、なぜか座りたくなるんだよなあ」
「わかりますー。ここ、なんだか魅力的ですよねぇ」
きこきこと背もたれを揺らす蒼衣を見つつ、俺は、
「よく考えたら、この旅行ってゼミ合宿をサボって行ってるんだよな」
ふとそんなことを思い出し、独り言のように呟いた。
「そういえばそうでしたね。わたしは自由参加でしたけど、先輩は微妙なラインでしたからね……」
「そうなんだよなあ。まさか半強制になるとは……」
「まあ、先輩は一応教授の補佐のバイトをしているわけですし。当然といえば当然ですけどね」
「それはそうなんだが……。なら俺の旅費、経費で落としてほしいんだよなあ」
「それはそうですよねえ。大学生にあの額、大金ですし」
なぜ半強制なのに自腹なのか……。本当に謎である。経費で出るならそっちに行ってもよかったんだが……。
と、思ったものの。
「まあ、結果オーライ、ってやつか」
「何がです?」
首を傾げる蒼衣に、俺は少し笑う。
かしゅり、と缶を開け、冷たい液体を喉に流し込む。マンゴーの甘さがこってりと口に広がった。へえ、これ美味いな。
ぼーっとしていた頭が冷やされ、一気に思考がクリアになった気がした。……いや、実際はアルコールでさらにぼんやりするのだけれど。このアルコールの全能感、謎である。
……とまあ、酔っ払いの思考はさておき。
「ゼミ合宿に行くことになってたら、蒼衣と旅行には来てなかったな、と思ってな」
「それはそうですね。先輩が行くなら、わたしもそっちに行ってたでしょうし」
「わざわざ俺に着いて来なくてもいいんだぞ?」
「だって先輩がいないと暇なんですよ。それに、旅行先で先輩に何があるかわかりませんし」
「ゼミ合宿で何もないだろ……」
じと、とこちらを見る蒼衣に、苦笑しながら返す。そんな俺に、蒼衣はぴん、と指を立てて、こほん、とひとつ咳払いをしてから口を開く。
「では逆に、です。わたしがゼミ合宿に行かなければなりません。先輩は自由参加です。どうしますか?」
そんな問い、考えるまでもない。
「……着いていくな」
「そういうことです」
もはや問題を理解する前に溢れた言葉に、蒼衣は満足そうに頷いている。はらり、はらり、と揺れる髪までもが、なんだか満足そうに見えて笑ってしまう。
「ちなみにですけど、なんで先輩は着いていくって言ったんです?」
「ん? あー……なんでだろうな」
考えるまでもない、なんて思っておきながら、理由を聞かれると困るな……。軽く缶をあおり、頭に糖分を巡らせる。……ぼんやりした気もするが、気にしてはいけない。
「……なんだろうな、特に意味はない、かもしれない」
「……どういうことです?」
「うーん……説明が難しいな……」
俺としても、あまりよくわかっていないせいだろう。なんとも上手く表現出来ないのだが……。
「そう、だな……。えーと、うーむ……まあ、微妙に違うが、俺も蒼衣がいないと暇だから、だな」
「もう、先輩もわたしと一緒じゃないですか。結局、わたしと先輩、ふたり揃っての日常なんですね」
えへー、と笑う蒼衣。そんな彼女の言った言葉が、俺が抱いていた表現出来ない想いに、すとん、と収まった気がした。
ああ、そういうことか。
「なるほどな」
思わず吹き出しながらそう言うと、蒼衣は首を傾げる。
「え? わたし何か面白いこと言いました?」
「いや、その通りだな、と思ってな」
俺にとって、蒼衣がいることが普通で日常なのだ。蒼衣がいないのでは、何の意味もない。俺の日常は、雨空蒼衣という存在そのものなのかもしれない。
「俺もお前も、お互い生活に馴染んだな」
「そうですね。いつの間にか毎日一緒ですし」
えへへ、と照れ臭そうに笑う蒼衣に、俺も笑う。きっと似たような表情をしているのだろう。
多分、これからもこんな感じなんだろうなあ。
そんなことを思いながら、また俺は軽く缶をあおるのだった。
「……ところで先輩、さっきから気になっていたんですけど」
「ん?」
「それ、どんな味なんです?」
「マンゴーだな。しっかりマンゴー。これは美味い」
「へえ……気になりますね……」
ぺろり、と蒼衣が唇を舐めた。その目は、なんだか小悪魔のような光を宿している。
……おい、まさか。
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