第22話 呼吸と熱を落ち着けて

カカカンッ! とパックが幾度もぶつかる音がして、最後にガコンッ! と派手な音がする。


「わたしの、勝ちですっ!」


「なんで、毎回、負けるんだ……」


控えめなファンファーレが鳴るとともに、蒼衣側のスコアが追加された。ま、負けた……マジか……。


ぜぇ、はぁ、と整わない呼吸を必死に行いながら、俺は筐体へと体を預ける。


し、しんどい……。


「にしても、先輩、本当に、上手い、ですね、ふぅ」


俺と同じように、蒼衣も乱れた呼吸を整えながら、浴衣を直す。


「まあ、毎回、温泉とか、ゲーセンとかで、やってたからな、はぁ」


「温泉はともかく、ゲームセンターで、そんなにやります?」


「……たまに?」


「それは毎回とは、言わないのでは……」


あまりにも整わない呼吸に、俺はゲームコーナーの端にあるベンチへと腰かける。それに倣って、蒼衣も隣にちょこん、と座った。


あまりの暑さに、襟元に風を送る。言うほど変わらねえな。


「にしても先輩、死にそうですね」


「知っての通り、運動不足、だからな……」


「さすがに、そのレベルは運動したほうがいいと思いますよ?」


もう呼吸が落ち着いてきたのか、蒼衣は平気そうにしている。


「そもそもお前、ほとんど俺と、いるのに、いつ運動してるんだ……」


「先輩が寝ている間とか、たまに自分の部屋に帰ったときとかですね。まあ、運動とは言ってますけど、ストレッチとかそういうのです」


「あー……。たしかに、起きたらやってるとき、あるな」


「先輩もやります?」


「やらない」


「えー、やりましょうよー」


「やりたかったら、なんでも命令権を使うんだな」


ようやっと呼吸の落ち着いてきた俺は、ダメ押しとばかりに大きく息を吸って、吐く。


「これは使いません。どうしても使いたいタイミングがあるので」


「……嫌な予感がするな」


「大丈夫ですよ? わたしが先輩の嫌がることをするはずないじゃないですか」


にこり、と笑う蒼衣だが、今回の笑顔はいつも通り可愛いのだが、なんだか怖いんだよなあ。


……というか。


「……時々やってる気がするんだが」


「え? 例えば、何です?」


「朝から起こすとか」


「先輩の健康のためですね」


「インスタント食品を食わせないようにするとか」


「先輩の健康のためですね。あと、先輩もわたしの料理、食べるの好きじゃないですか」


「まあ、好きだが」


めちゃくちゃ好きだが。


「あとは、俺のベッドに潜り込むとか」


「それも先輩好きじゃないですか」


「……そんなことはない」


「ほんとですかー?」


にやにやと俺の顔を覗き込んでくる蒼衣から、俺は目を逸らす。体の熱は落ち着いてきたのに、今度は顔が熱い。


「まあいいでしょう。先輩がわたしを抱き締めて寝るのが好きなのはもうわかってますし?」


「……だからそんなことはねえって」


「ありますよ。毎回起きたら先輩の腕の中なんですから。まったく、抱き締められるほうの気持ちにもなって欲しいものです」


2、3回頷く蒼衣。そんな彼女に、俺は思わず不安になって問い返す。


「……え、嫌だったりするか?」


もしそうなら、やめるように意識しなければ……と思っていると。


蒼衣は、真顔でこう返す。


「いえまったく。むしろ好きだったりします」


「……ならいいじゃねえか」


「はい、いいんです」


えへー、と笑う蒼衣。結局、何が言いたかったのかはわからないが……まあ、いいか。


呼吸も落ち着いたし、体の熱も引いてきた。いい頃合いだ。


「……そろそろ、1回部屋に戻るか」


「そうですねー」


そう言って、どちらからともなく立ち上がって。


「……待て、そもそもなんでも命令権の使い道の話じゃなかったか?」


「はて、何のことでしょう?」


「誤魔化せるわけないんだよなあ」


結局何に使うのかは教えてくれなかった。いったい何をさせられるんだ……。

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