第7話 彼と彼女の真似

気分良さげな蒼衣が、鼻歌混じりに部屋の掃除をするのを、俺はベッドにもたれかかりながら眺めていた。こんなにテンションが高いのも珍しい。


そんな風に思っていると、甲高い音と低い振動音が部屋に響き渡った。


……メール?


このご時世、メッセージアプリでの連絡はともかく、メールなんてそう来ない。来たところでどこかの企業からの情報メールか、迷惑メールだ。


……ふむ、たまにはメールボックスの整理でもするか。どうせ全消去を押すだけだが。


ロングスカートをふわふわと踊らせながら掃除を続ける蒼衣を見ながら、俺はメールアプリのアイコンをタップする。


「……ん?」


表示された画面には、いつも通りに企業名とくだらない内容の迷惑メール──だけではなく。


ひとつ、目を惹くメール。


……選考通過の、ご案内……?


「……ああああぁぁぁ!!!」


「ひゃあ!? な、なんですかっ!?」


俺の唐突な叫び声に驚き、飛び跳ねた蒼衣が何事かとこちらを見る。


俺は、蒼衣にそのメールを開いた画面を表示して、スマホを向ける。


「イ、インターン、受かったらしい」


「ほ、本当ですか!? おめでとうございます! やりましたね!」


ぱちぱち、と手を叩き、自分のことのように喜んでくれる蒼衣に、思わず口角が上がる。


どちらからともなく片手を上げ、ぺちり、とハイタッチ。


「いやあ、本当に受かるとはなあ」


「あんなに自信満々だったのに、落ちると思っていたんですか?」


首を傾げる蒼衣に、収まらないにやけを気づかれないように、苦笑に変えながら答える。


「どれだけ自信があっても、確実じゃないと不安だろ?」


「それはそうですけど。なんというか、あのときの先輩があまりに自信満々すぎて……」


「そうだったか……?」


思い返してみても、普段通りだった気がするが……。別に、うるさく面接の手応えを話した覚えもないし。


そう思っていると、今度は蒼衣が苦笑しながら、


「だって、帰ってきて第一声、焼肉をします、って言ってたんですよ?」


ずいぶんと、低い声を出した。……さっきも聞いたな、この音程。また俺の真似か。


「……やっぱり似てねえ……」


「も、もう! そこはいいじゃないですか!」


赤くした顔を背ける蒼衣。


「いや、マジで似てないんだぞ。そうだな──」


こほん、と数回咳払いをして、俺は口を開いて──


「先輩は、もっと自立してください」


と、出せる限りの高音で言った。


同時、蒼衣が全力で吹き出す。


「に、似てないです……」


ツボにでも入ったのか、くすくすと笑い続ける蒼衣に、俺も恥ずかしくなってくる。顔が熱くなるのを感じる。やらなければよかった……。


「……まあ、こんな感じで似てないってことだ」


「た、たしかにまったく似てないですけど……ふふっ」


……相当ツボにハマったらしい。落ち着いたかと思えば、また吹き出している。


…………。


「先輩はもう少し健康に気を使うべきです」


「くふっ……や、やめてくださ……ふふっ……」


またも蒼衣を真似ると、盛大に蒼衣が吹き出す。ようやく収まりかけていたのだが、今のでまた笑いが込み上げてきたようだ。


……ちょっと面白いな、これ。


それからしばらく、蒼衣の笑いが収まるたびに真似をした結果、毎回笑い転げていた彼女から、真似禁止令が出されることになるのだった。


……さて、次はいつ真似してやろうか。

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