第5話 大事な話は本当か嘘か

そうめんを食べ終え、片付けを終えた俺と蒼衣は、テーブルを挟んで向かい合っていた。


「さっきも言ったが、大事な話がある」


「だ、大事な話、ですか……?」


じり、と身構える蒼衣に、俺は首を傾げる。


「別にそんなに身構えなくていいぞ」


「そういうときの方が、本当に大事だったりするんですよね……」


じとり、と視線を向けてくる蒼衣。だが、俺にはその視線より気になることがひとつ。


「本当にってどういう意味だ」


「先輩、大事な話って言うと半分くらい本当に大事で、もう半分くらいはどうでもいいこと言うじゃないですか」


「どうでもいいことなんて言ってるか……?」


「言ってますよ。例えば──」


こほん、と蒼衣は咳払いをして、口を開く。


「今日俺、ラーメンがどうしても食いたい」


普段と違い、低い声に驚いて、一呼吸遅れてから俺の真似だったのだ、と気づく。


「──とか」


「似てねえ……」


「うっ……そ、そこはいいんですよ! それより、言ってますよね!?」


「まあ、言ってる気もするが……。それも大事な話だからなあ」


「どのあたりがですか……」


呆れてため息を吐く蒼衣だが、いや、大事だろ……。ラーメンを食いたい、とても大事なことだ。


首を傾げる俺に、もうひとつため息を吐いた蒼衣は、じとり、とした目に戻る。


「それで、今回はどっちなんですか?」


「本当に大事な方だな」


「本当ですかねぇ……」


そんな疑惑の視線を向ける蒼衣に、俺は小さく息を吸って、話をはじめる。


「8月の18日、19日って、何があるか覚えてるか?」


「18日と19日、ですか?」


首を傾げて聞き返す蒼衣に、首を縦に振る。


うーん、と唸りながら首の角度と眉の角度を深くしていく蒼衣は、本当に何があるのか思い出せないらしい。……まあ、それも当然だ。直接俺たちには、関係ないことなのだから。


「ヒントはゼミだ」


「ゼミ……? ……もしかして、ゼミ合宿、ですか?」


自信なさげにそう言った蒼衣の表情には、困惑が浮かんでいる。


「そう。ゼミ合宿だ」


「え、もしかして先輩、やっぱり行かないとダメになったりしました?」


少し嫌そうな顔をする蒼衣に、今度は首を横に振る。


「いや、そうじゃないんだが、なるべく来い、みたいな雰囲気にはなっててな……」


「まあ、そうなりますよね」


当然と言えば当然でもある。自由に動ける3回生で、ひとり暮らし。しかも、教授の手伝いをしている、となれば、なるべく参加してほしい、と思われるのは必然だろう。


……だが、俺は行きたくない。金もかかるし、なにより蒼衣と過ごす方が、圧倒的に楽しいからだ。


「そこで、だ」


こほん、と咳払いをひとつして、小さく息を吸い込む。


「その日に、一緒に旅行に行かないか?」


「──へ?」


俺の言葉にこんなにもぽかん、とする蒼衣の表情は、なんだか珍しいような気がした。

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