第3話 しているのかされているのか
コンビニからの帰り道。炎天下を、俺と蒼衣はそれぞれフラッペ──あのアイスはそんな名前らしい──を持って歩いていた。ちなみに、蒼衣の手にはストロベリーが、俺の手にはマンゴーと巨峰が握られている。
垂れてくる汗を腕で拭いつつ、マンゴーフラッペをひと口飲む。口の中にマンゴーの風味が広がり、しっかり甘いのにマイルドな味がした。ふむ、美味いな……。
値段の方はそこそこするが、それに見合った味と量だろう。アイスは質より量派の俺も満足。
「おおー、これ美味しいですね!」
隣で蒼衣がフラッペを飲み、興奮気味にそう言った。気に入ったようでなによりだ。
「先輩、マンゴーひと口ください」
「ほれ」
そう言って、蒼衣の前に差し出す。蒼衣はそれを受け取らず、ストローをぱくり、と口に含んだ。唐突な行動に、思わず動きが止まる。
「おま……!?」
「ん、こっちも美味しいです!」
目を見開く蒼衣を見ながら、俺はひとつため息を吐く。こいつ、相変わらず外でも恥ずかしげもなくこういうことするんだよなあ。
誰も見ていないとはいえ、なんとなく恥ずかしくなり、頭を掻こうとして両手が埋まっていることに気がつく。もう一度息を吐いてから、俺は蒼衣にじとり、と視線を向ける。
「……蒼衣。歩きながら俺の手から飲むのは危ないからやめとけ」
「えー……。あ、じゃあ先輩」
一瞬、ぷくりと頬を膨らませた蒼衣は、そう言って立ち止まった。……なるほど、そう来たか。
「これなら大丈夫ですよね? 巨峰もひと口ください」
「……自分で持つ選択肢はないのか」
「ないです」
全力の笑顔に、首を少し傾けた蒼衣に、俺はどきりとしながらため息を吐いて、もう片方のフラッペ──巨峰フラッペを差し出した。
はむ、とストローに飛びつく蒼衣。餌付けしているような感覚になるな……。実際のところ、胃袋握られているのは俺の方なのだが。
「おおー……これはこれで美味しいです」
「それはよかった」
俺は、少し熱くなった顔を冷まそうと、マンゴーフラッペに口をつける。
……よく考えたら、今、どのストローも蒼衣が口をつけたあとなんだよな……。
思わず、ごくりと生唾──ではなく、マンゴーフラッペを飲み込む。別に、こういうことがはじめてなわけでもなく、キスまでしているのに、なんとなく意識してしまうと、未だに少し緊張してしまうのはなぜなのだろうか。
……なんだか、飲みづらくなったな……。
そう思い、巨峰の方をなんとなく眺めていると、蒼衣が足を止める。
「どうした?」
振り返り、首を傾げた俺に、蒼衣はストロベリーフラッペを差し出し、にこりと笑う。
「どうぞ」
「ん? あー……どっちか持ってくれ」
右手はマンゴー、左手は巨峰で埋まっているので受け取れず、俺はとりあえずマンゴーを差し出した。のだが。
「どうぞ」
「……」
にこり、と。
変わらず笑顔を浮かべる蒼衣は、まったくマンゴーフラッペを受け取ってくれる気配がない。そして、差し出されたままのストロベリーフラッペ。
「……飲めと」
「はい、どうぞ」
……こうなった蒼衣は、折れないんだよなあ。
俺は、小さく息を吐いて、差し出されたストローを口へと含む。
勢いよく吸うと、ミルキーなイチゴの味が口の中に溢れる。うむ、美味い。そう思っていると、小さく蒼衣が呟いたのが聞こえた。
「……なんでしょう。この先輩を餌付けしている感じ……」
「年下の女の子に餌付けされる20歳ってやばいな……」
「実際そうですよね?」
「……ノーコメントだ」
自分で思っていたことながら、さすがに認めるわけにはいかず、俺は蒼衣から目を逸らし、手に持っていた巨峰フラッペに口をつける。これも美味いなあ。
「もう、餌付けくらい認めてくれてもいいと思うんですけど」
「いや、さすがにそれはどうかと思うからな……」
そう俺が言うと同時、蒼衣はマンゴーフラッペのストローを咥えた。
「はむ」
「だから危ないからやめなさい」
じとり、と見ながら足を止める。
「わたしが咥えたら、先輩が止まってくれる……。なんでしょう、この手懐けてる感。ちょっと楽しいです」
口角を上げる蒼衣。俺は、子どもがいればこんな感じなのだろうか、なんて思いながら、ぽつりとこぼす。
「……親の気持ちがわかった気がする」
「なんでですか!?」
結局、部屋に帰るまでやけに時間がかかり、無駄に疲れたことは、言うまでもないだろう。……フラッペ、今度からはタイミングを考えて買うことにしよう。
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