第15話 理性への試練

ぴちゃぴちゃ、と、絞られたタオルから水が滴り落ちる。力の入りすぎたせいか、握ったあとがそのままついていて、自分が緊張していることがわかった。


お湯の温度は……大丈夫だろう。


くしゃくしゃに縮んだタオルを広げ、四つ折りにする。タオルの方の温度も大丈夫そうだ。


「い、いくぞ……」


ごくり、と思わず唾を飲む。


「は、はい……!」


蒼衣の方も緊張しているのか、どこかぎこちなく、パジャマのボタンを外していく。


ぷちぷち、という音が、静かな部屋に響き渡る。衣ずれの音が、どうしてか気になって仕方なく、落ち着かない。


──不意に。


はらり、とピンク色の布がずれ、肌色が視界に入る。


しなやかな曲線と、柔らかそうな肌で形成されたそれは、俺の目を離さない。その体のラインは、理想そのものだ。


ピンク色の布は、腰のくびれた辺りで止まり、腕だけ通した蒼衣が、胸を隠しながらこちらを少しだけ振り返る。


「お、お願いします……」


「お、おう……」


……なんだろう、この空気感。


謎の気まずさを感じながら、俺は右手に持ったタオルを蒼衣の背中に触れさせる。


「んっ……」


「──ッ」


蒼衣の漏らした艶やかな吐息に、視界の柔肌と相まって脳が揺さぶられる。タオル越しの肌の感触も相まって、破壊力は底知れない。……落ち着け。大丈夫だ。


歯を食いしばり、ズボンをきつく握りしめながら、蒼衣の背中を拭いていく。


時折漏れる吐息混じりの声に、タオルからはみ出た指に触れる柔らかい感触。そして、いつまでも俺をどきり、とさせる、甘い香り。


それに翻弄される間、数分。自分でも、よく耐えたと思う。


蒼衣の小さな背中を拭くくらい、それほど時間がかかるわけでもないのに、とてつもなく長く感じた。


ようやっとの思いで拭き終えた俺は、食いしばった顎から力を抜き、ふぅ、とひとつ息を吐く。ちらりと見えた蒼衣の耳は、後ろからでもわかるほどに真っ赤だ。


「……これでいいか?」


「……先輩、腕もお願いします」


「そこは自分で拭けるだろ……」


そう言いながら、俺はタオルをお湯につけ、絞り直し、丁寧に、優しく拭いていく。


中途半端に隣にいるせいで、柔らかそうな胸元へと視線が引き寄せられるのを無理やり引き戻し、ただ拭くことだけに専念する。


「んぅ……」


……蒼衣さん、声漏らすのやめてもらえないですかね……。


その思いを込めて、ちらり、と蒼衣の顔を見る。なるべく、体が目に入らないよう、上の方へと視線をずらすと、蒼衣は、こちらを流し目で見ていた。


「──ッ!?」


この破壊力はまずい。


上目遣いの可愛さとはまた別。大人びた、色気のある視線だ。


「……見てもいいんですよ?」


「……耐えてる先輩を誘惑するのやめてくれ」


「耐えなくてもいいのに……」


「病人に手なんか出せるか! そういうのは治ってから言え!」


「……治ってからならいいんですね?」


顔は見ないようにしているが、蒼衣がにやり、と笑ったのが見えた気がする。


「……それもやめてもらおうかなあ」


「ええー……。まあ、やめませんけど」


まあ、そうだよなあ。


そう思いながら、俺は両腕を拭き終え、ひとつ息を吐こうと──


「あ、先輩、前と、あと下もお願いします」


「お前は俺を殺す気か……」


「悩殺、と言う意味ではそうですね」


「だから治ってからやれ……」


顔は赤いまま、はーい、とくすくす笑いながら言った蒼衣に、俺は持っていたタオルを手渡しリビングから退散するのだった。


……本気で、ギリギリで、もう耐えられないかと思ったぞ……。

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