第11話 レシピは守るためにある

くつくつ、と煮えている鍋に、溶いた卵を流していく。一瞬の間に半透明でなくなっていく様子を眺めながら、くるくると円を描くように回し、入れ終わると同時、かき回す。


……うむ、見た目はいいと思う。見た目は。


問題は味だ。薄いなら調味料を足せばいいが、濃いのはどうしようも無い。


半ば緊張しつつ、小さめのスプーンにほんの少しおかゆを載せる。


軽く息を吹きかけ、それでも消えない湯気に怯えながら、ちょこっとだけ口に含む。


……少なすぎた。味がわからねえ。


この際、火傷は仕方ない。そう思いつつ、もう一度息を吹きかけ、今度はスプーンの上を丸ごと口に放り込む。


「あっつ!」


熱さに耐えつつ、なんとか飲み込む。うーん……。


「薄いな……味がない気がする」


調味料の配合を間違えたのだろうか。一応、レシピ通りのはずなのだが。


……もしや、おかゆってこういうものなのか?


そもそも、体を労る料理なわけであって。味は薄味の方がいいのかもしれない。


……でもなあ。


「とりあえず、ちょっとだけ、だしを足してみるか」


言うと同時、もそもそっ、とリビングから音がした。


どうかしたのだろうか。


キッチンから顔を出し、ベッドへ視線を向けるが、何かある様子もないし、なんなら起きているようにも見えない。


……寝返りか。


一瞬、起きていた蒼衣が、だしを足そうとした俺に驚いて動いたのかと思ったが、そういうわけではないようだ。


俺はそのまま、キッチンへと戻り、先ほど使ったあと、そのまま置いておいた粉末だしを適当に入れてみる。


くるり、とお玉を数回転させたあと、またひと口。


「違うな……塩か?」


今度は、塩をひとつまみ。


「うーん、何か違うな……。あ、もしかしてアレか。醤油とか、か?」


ぶつぶつと呟きながら、醤油のボトルへと手を伸ばしかけ、ふと隣のボトルに目を奪われる。


「めんつゆ! こっちか!」


万能調味料、めんつゆ。これがあれば、大体なんとでもなる、と言われている、というか俺が言っている調味料だ。


きっとこれに違いない。これじゃないならその隣のみりんとかだろう。というかもうよくわからねえ。


めんつゆのボトルを傾け、最強調味料を流し込む。さっきから微妙に味が薄い気がするので、少し多めに入れておくか。


……おかゆの色が変わった。まあ、当然だな。なんというか、おかゆ感のない色をしている気がするが、多分気のせいだろう。


そう自分に言い聞かせつつ、ひと口食べる。


……濃いな。明らかに入れすぎた。


もはや、めんつゆの味しかしない。


食えなくはないが、美味しくはない。


……これは、蒼衣に食べさせられないな。


そう思った俺は、ちらり、とリビングを覗く。もこり、と丸く膨らんだ掛け布団は、動く気配はない。どうやら、時間はありそうだ。


「……作り直すか」


失敗作は、あとで俺が食べておけばいいだろう。


今度は、下手に手を加えることはやめておこう。素人がレシピを無視するほど、メシマズは発生するのだ。今、身をもって理解した。


そう思い、俺はもう一度、おかゆ作りへと挑むべく、材料を集めなおしはじめた。

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