第9話 そ・の・か・わ・り

餌を待つ雛鳥のように口を開ける蒼衣に、俺はゼリーをすくったスプーンを差し出す。


「ほい、ラスト」


「あむ」


軽く噛んだあと、こくり、と飲み込んだ蒼衣は、ほぅ、と小さく息を吐く。


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


「おう」


俺は、空になったゼリーとプラスチック製のスプーンを持って、ゴミ箱へと向かい、放り込む。


ベッドの側に戻ろうと後ろを振り返ると、ほわぁ、と蒼衣があくびをしていた。


「眠いなら寝たほうがいいぞ」


「いえ、そんなに眠くはない、はずなんですけど。さっきまで寝てたわけですし」


「いやいや、あくびしてたじゃねえか」


「あくびが出たからって眠いわけではないですよ。先輩だっていつもあくびしてるじゃないですか」


「いや、俺はいつでも眠いだけだが」


「それはそれで問題な気がしますけど……」


呆れ顔でそう言う蒼衣に、俺も同感だったりする。常に眠いの、結構困るんだよな。主に講義中。あれ、子守唄付きだから抗えないんだよな……。


そんなことを考えていると、蒼衣がまたひとつ、小さくあくびをする。


「……やっぱり、眠い気がしますね。なんだか今日はやけに眠くなります」


蒼衣は、目尻の涙を指で拭いながらそう言う。


「風邪を治すのに体力を使ってるんだろうな。……手、いるか?」


そう呟いて、俺は右手を差し出す。蒼衣はそれに手を伸ばして──握らなかった。


「……先輩に無理させてしまいますし、大丈夫です。ありがとうございます」


「いや、別に無理ってほどでもないんだが」


実際、体勢にきついところはあるが、それも座る位置次第でなんとかなる。眠る前に握られているなら、尚更だ。


「それでも、先輩をずっと座りっぱなしにさせちゃいますから。……そ・の・か・わ・りー……」


蒼衣が、にやり、と口角を上げる。ただ、その上がり方にいつもよりキレがない。……口角の上がりにキレってなんだろうな……。


「先輩のそれ、貸してください」


蒼衣は、ぴっ、と俺の方を指さして、そう言った。


「それ?」


「はい、その上に羽織っているシャツです」


……シャツ?


たしかに、俺は今半袖Tシャツの上から、薄手の襟付きシャツを羽織っているのだが……。


「……これ、か? 別にいいが……なんで?」


純粋に、疑問に思う。


「先輩を引き止めないで、かつ先輩の安心感を得られるもの、と考えた結果、それになりました」


「……?」


わからねえ。俺が首を傾げると、蒼衣は徐々に頬を赤く染めていく。


「と、とにかく! そのシャツ、貸して欲しいんです!」


「お、おう……」


むぅ、と半ばむくれながらそう言う蒼衣に、俺はよくわからないままにシャツを投げるのだった。


……まあ、蒼衣が嬉しそうだからいいか。

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