第8話 甘えてもいいって言ってくれましたよね
「……先輩、買ってきてもらってなんですけど、買いすぎでは?」
ずらりと並んだゼリーを見て、ベッドの上で起き上がった蒼衣はそうこぼした。
「いや、蒼衣がどれくらい食欲あるかわからなかったからとりあえず、と思ってだな」
「それにしても多いと思いますけど……。というか、それとか結構高いやつですよね」
ぴっ、と指差されているのは、円柱状の赤っぽいゼリーだ。グレープフルーツ味らしい。
「あー、まあ、ゼリーの中では、な」
「そっちのはフルーツがいっぱい入ってるちょっと高いやつですし、これ、結構なお値段したんじゃ……」
「その辺は気にするな。で、どれ食う?」
「さすがに気にしたくなる感じですけど……」
そう言いつつも、蒼衣は素直にどのゼリーにするかの吟味をはじめている。
……正直、助かった。野口が4人飛んでいったからな。蒼衣に知られたら、使いすぎだ、と言われるに違いない。……まあ、俺も自分で思ったが。
「えーと……じゃあ、それにします!」
心の中で安堵していると、蒼衣が先ほどと同じように、ぴっ、と指差す。すらりと伸ばされた綺麗な指の先を視線で追うと、話題に上がったゼリーではなく、その隣。少しだけフルーツの入ったゼリーが置かれている。
「こっちでいいのか?」
「はい。お腹は空いてるんですけど、そんなにいっぱいはいらない気分なので」
「……一応聞いておくが、ダイエット関係なく?」
「はい。今日はダイエットのことは忘れます。先輩に心配してもらえるのは嬉しいですけど、それでもやっぱり、心配はかけたくないです。……それに、今日は先輩の言うことを聞くって決めましたから」
「……そうか」
眉を下げて、苦笑しながら言う蒼衣を見て、俺はそれが本心なのだろうと理解する。それならいい。
俺は、指定されたゼリーと、スーパーで貰ってきたプラスチック製のスプーンをひとつ手に取って、蒼衣へと差し出す。
「ほれ」
だが、蒼衣はなぜか受け取らない。
「……それでですね、先輩」
「ん?」
いったい、どうしたのだろう。そう思い、蒼衣を見ると、よく見る表情をしていた。この表情のときは──
「食べさせて欲しいです」
そう、何かを俺にお願いするときだ。普段はここに上目遣いがプラスされるのだが、あいにく今日は床に座る俺が、蒼衣を見上げる構図だ。あれが入ると弱いのだが、ないのならまだ押し切られはしない。
「お前、わりと元気だし自分で食えるだろ?」
「それはそうですけど……」
……そう呟いた蒼衣の表情が、先ほどまでの感じと違う。その表情を見て、俺は負けを確信した。
「先輩、甘えてもいいって言ってくれましたよね?」
にやり、と笑ってそう言う蒼衣は、俺と反対に勝利を確信した表情だ。
「……わかったわかった。たしかにそう言ったしな」
「わーい! じゃあ先輩、あーん、お願いします!」
わーい、て。
なんというか、ちょっと幼くなっている気がするのは気のせいだろうか。
……これはこれで可愛いから、いいか。
そう思いながら、俺はゼリーの蓋を開け、スプーンですくう。
「ほれ、あーん」
「あーん」
ぱくり、と食べ、蒼衣は頬を緩ませる。
「冷たくて美味しいです」
「それはよかった。ほれ、もうひと口」
「あむ」
また頬を緩ませる蒼衣を見ながら、同じように、別の理由で俺も頬を緩ませるのだった。……まったく、やっぱり可愛いなこいつ。
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