第33章 7月14日

第1話 彼女が来ない、おかしな朝

「ん……ぅ……」


ゆっくりと、意識が覚醒していく感覚。無意識のうちに目蓋を開くと、閉じられたカーテンの隙間から漏れる光が、部屋の中を不規則に照らしていた。


どうやら、今日は稀にある、蒼衣が来るより先に目が覚める日だったらしい。


さて、今の時間次第では、二度寝も全然アリである。今日は1限スタートなので、短い二度寝時間にはなるのだろうけれど。


ちらり、と頭の上に置かれたデジタル時計に視線を向ける。部屋の明るさが微妙で見にくいものの、画面に映っているのは、11時47分。


「……」


……昼じゃねえか。


つまりは、遅刻である。というか、もう2限目の講義が終わろうかというところだ。マジか。


「……まあ、出席日数は足りてるし、テストもないし、別にいいか」


そう自分に言い聞かせている間にも、俺の思考はすでに、講義から別のことへと移動していた。


蒼衣が俺を起こしに来ていない。


どう考えても、おかしい。


いや、そもそも起こしてもらっていることが日常と化していることがおかしい、と言われればその通りではある。あるのだが。


やっぱり、おかしい。


もしかして、寝坊して俺を起こす暇なく講義に行った、とかだろうか。


しかし、それなら連絡のひとつも入れていそうなものだが、俺のスマホには何ひとつとして通知がなかった。電話をかけてみるも、出る気配はなく、切られることもなかった。


もしや、蒼衣も寝坊だろうか。


……いや、あの蒼衣が、こんなにも盛大に寝坊をするか?


「……とりあえず準備するか」


そんな疑問に駆られながら、俺はひとまず身支度を整え、外へ出られる状況へ。


もう一度スマホを確認するも、画面には変わらず通知はない。


……様子、見に行くか。


寝坊ならそれはそれでよし。


ただ、そうでないのなら、心配だ。


改めてそう自覚すると、急に心配が大きくなってくる。


俺は、カバンを手に取り、流れるように扉へと手をかける。そして、最小限の隙間で外へと出て、鍵をかけ、階段を駆け降りた。


道へ出ると同時、蒼衣のマンションがある右側へと、はやる気持ちを抑えながら歩を進める。


よく通る、大した距離のない道が、いつもよりもやけに長く感じた。


それから、見慣れた自動ドアへと入り込み、ポケットからキーケースを取り出す。


その中から、使い慣れた鍵──ではなく、まったく使い慣れないどころか、使った記憶もほとんどない鍵を取り出す。それを、端末にかざし、奥へと入る。


またも見慣れただけのエレベーターへと乗り込み、5階のボタンをぐっ、と押し込み、オレンジ色に点灯したのを確認して、閉ボタンを長押し。


扉が閉まり、少し遅れてガコン、と音を鳴らして動きはじめたエレベーターは、随分と緩慢に感じて、なんとなく苛立ってしまう。


ひとつずつ、階のランプが移動していくのを見届けながら、ひとつ息を吐き、気持ちを落ち着かせた。慌てたところで、エレベーターは急いでくれないのだ。


しばらくすると、5階のランプが点灯し、扉が開くと同時に、俺は廊下へと飛び出し、蒼衣の部屋──目の前の537号室へと向かう。


そういえば、いつかにここで部屋当て勝負なんかをしたなあ、と思いながら、鍵穴へと鍵を差し込み、ガチャリ、と回す。


ドアノブを捻り、引くと、ふわり、と蒼衣の甘い香りがした。


開いた隙間に顔を突っ込み、覗いてみるが、電気がついている様子はない。


「蒼衣ー?」


……ふむ。返事はなし、と。


「入るぞー」


一応、そう言ってから、俺は部屋へと上がり込む。……そういえば、俺がひとりでこの部屋に来るのははじめてかもしれない。……なんというか、こう、謎の緊張が出てきたな……。


そんなことを考えながら、リビングへと向かう。廊下と隔てる扉を開けて、中へと入ると、奥に見えるベッドが膨らんでいるのがわかる。ちょうど、人ひとり分だろうか。


「……なんだ、普通に寝坊か。まあ、たまにはそういう日もあるよな」


蒼衣本人に聞かれれば、「先輩はいつもじゃないですか」なんて呆れ顔で言われるのだろうな、と思いながら、ベッドへと向かう。


どんな幸せそうな表情で眠っているのだろうか。きっと、起きたときには慌てふためいて、面白い蒼衣が見れるだろう。


思わず、口角を上げながら、真上から蒼衣の顔を覗き込む。


「……あ、これダメなやつだな」


眉間に皺を寄せ、額に汗を滲ませながら、苦しげな蒼衣を見ながら、俺はそう呟いた。

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