エピローグ それはただの予感に非ず
「……蒼衣ー、寝るなー」
そう言いながら、蒼衣の頬に人差し指を突き刺す。すると、眉間に皺を寄せながら、目を閉じたまま蒼衣は小さく口を開く。
「むにゅ……起きてまふよ……」
「明らかに寝てるじゃねえか」
「おひて……まふっへ……」
「ならもうちょっと指に抵抗しようとしてくれ」
抵抗どころか、されるがままの蒼衣に苦笑しながら、突き続ける。すべすべむにむにの頬は、なんとも癖になる感覚だ。楽しいなこれ。
「んぅ……もう……なんですかぁ……?」
「いや、そろそろ日も越えるし、起こそうかと思って」
「……今日も泊まっていいですか……?」
そう言って、蒼衣は両手で目を擦りながら、もそり、と動く。
「別にいいけど、お前最近自分の部屋に帰ってない気がするんだが」
「……たしかに、最近は泊まって帰ることの方が多いですね。昨日は帰りましたけど」
「その前3日連続で泊まったじゃねえか」
「……そういえばそうですね」
ふぁ、とあくびを漏らして、蒼衣は俺の腿から起き、立ち上がる。
「じゃあ、今日は帰ります。わたしは寂しくひとりで眠るのです……」
「別に泊まるなって言ってないし、ひとりで寝るのは俺もなんだよなあ」
「おや? 先輩も寂しかったりします?」
にやり、と口角を上げる蒼衣。
「久しぶりにベッドを広く使えるのがちょっと嬉しい」
「もう、寂しがってくださいよー」
ぷくー、と頬を膨らませながら、カバンを持ち上げる彼女を見ながら、少し安心する。どうやら、寝たことで空腹が紛れたのか、多少は元気になったようだ。さっきまでは死にかけてたからな……。
靴を引っ掛け、外へと出ると、夏特有の湿っているのに爽やかな、不思議な感覚になる風が肌を撫でる。
「とりあえず、明日はしっかり朝食は食って来いよ?」
狭い階段を揃って降りながら、俺は先ほども言ったことを念押しする。
「今日よりはしっかり食べますよ。というか、わたしに言うなら先輩も食べるようにしたほうがいいと思いますけど」
「……食べるくらいなら寝る」
「本当に、先輩は寝るのが好きですね……」
「いやいや、俺は普通だぞ。むしろ蒼衣の方がおかしい」
「おかしくはないと思いますけど!? ……っと。着きましたね。では先輩、また明日、です」
「おう、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ひらひら、と手を振って、エレベーターへと向かった蒼衣を眺めながら、なんとなく、本当になんとなく、嫌な予感がしていることから目を逸らす。
……まあ、その予感は当たってしまうのだけれど。
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