第9話 小動物は撫で回したくなる

「うぅ……動けません……」


俺の腿に頭を預けた蒼衣は、そう言って遠い目をしている。


満腹状態で倒れている蒼衣を見れば、天丼を食べ切ったのか、と思うかもしれないが、そんなことはない。半分くらい食ったのは俺である。


「……俺も寝転がりたい満腹感なんだが」


「もうちょっと待ってください」


そう言って、蒼衣が俺の膝を掴む。


「なあ、ベッドに移動した方がいいと思うんだが」


主に、俺が寝転がれるという意味で。


「それは困ります。先輩の膝枕の方が、枕よりも高いので。……今低い枕だと、多分吐きます」


「それはやめてくれ」


真面目な顔で言う蒼衣に、俺も真顔で返す。さすがにベッドで吐くのはやめていただきたい。


「なので、もう少しこのまま待ってもらえると助かります」


「……仕方ないか」


そう言って、俺は蒼衣の髪を撫でる。茶色がかった髪に指を通してみたり、上からなぞるように動かしてみたり。俺の手の動きに合わせて、さらさらと流れを変える髪は、至高の触り心地だ。


そういえば、天丼を食べはじめたときに、蒼衣の溢れる小動物感に撫で回してやろう、と考えたことを思い出す。


ちらり、と蒼衣を見ると、目を閉じて、小さく呼吸をしている。


……今なら、撫で回しても許されるだろうか。


右手で髪を撫で続けながら、ゆっくりと左手も近づけていく。


そして──


「わひゃ!?」


両手で、思いっきり頭をわしゃわしゃと撫で回す。


「な、何するんですか先輩!?」


慌てて俺の手を掴もうとする蒼衣を無視して、無言で俺は、さらに撫でる。撫で続ける。


「ちょ、ちょっと先輩!? や、やめ……!」


わたわたとしながら俺の手を止めようとする蒼衣に、どこからともなく新しい感覚が生まれる。


な、なんだろうこの感覚は。


普段の蒼衣の、女の子としての可愛さではなく、小動物感のある可愛さが爆発していく感じだ。


「おぉ……これはこれで……いいな……」


「何がですか! ちょ、本当にやめてくださいってば! 髪の毛ぐちゃぐちゃになるじゃないですかー!」


もう手遅れな悲鳴を漏らしながら、蒼衣がどうにかこうにか俺の手を捕まえる。


「はぁ……はぁ……。先輩、なんのつもりですか……!」


ガッチリと俺の手を握った蒼衣が、恨めしそうに俺を見る。


「いや、蒼衣って時々、小動物っぽい動きをするだろ?」


「だろ? と言われましても、わたしはそんなつもりはないんですけど……」


「そうなのか。まあ、するんだ。それで、1回頭を撫で回してみたいな、と思ってだな」


「だからといって、急に撫で回すのはどうかと思います! というか、髪がぐちゃぐちゃになるのでやめてください!」


そう言って、起き上がった蒼衣が手櫛で髪を直していく。さらさらの髪は、案外簡単に直るようで、数分としないうちにそれなりに直っていく。


「……まったく。今度はする前に言ってくださいね」


ぷく、と頬を膨らませた蒼衣は、立ち上がり、俺の後ろへと回り込む。


……なんだろう。嫌な予感が──


「では、次はわたしが先輩を撫で回します」


「待て、蒼衣。俺はお前と違って髪はさらさらじゃ──」


「問答無用です!」


目が据わっている!?


わしゃしゃしゃー、と髪に手を突っ込み、ぐちゃぐちゃにしていく蒼衣に、俺はなす術なくされるがままになるのだった。

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