第4話 肩は濡れても暖かく
べちべちと、傘から激しい雨音を鳴らしながら、蒼衣と共に帰路へとつく。普段よりも少し早足に、そして丁寧に歩きながら、俺たちは普段通りに会話をしていた。
「相合傘くらい、いいじゃないですかー」
「本当にやりたかったなら俺の傘は置いてくるべきだったな」
「そんなことしたらふたりともずぶ濡れじゃないですか。相合傘はふたり揃って肩が濡れると聞きました」
「まあ、そうだな。ふたりで傘に入るときは、自分より荷物が濡れないようにする感じだし」
「へえ、そうなんですね。……あれ?」
俺の言葉に、蒼衣が首を傾げる。何か、疑問に思われるようなことを言っただろうか?
「先輩、今、やったことある、みたいな感じで言いましたよね? もしや、相合傘経験者ですか……?」
予想外、という感じと、さらにショック、とう感じの入り混じった表情で、目を見開いて俺を見る蒼衣。
「……まあ、あれを相合傘と言うなら、な」
少し反応が面白かったので、俺はあえて誤魔化してみる。絶対に、あれは相合傘にカウントしないものなのだけれども。すると、蒼衣は、
「……むぅ」
と、むくれる。頬をぷくり、と膨らませ、俺と目を合わせずに続ける。
「どこの誰かは知りませんけど、先輩はその人とは相合傘をして、彼女のわたしとは相合傘をしてくれないんですね。むぅ」
ん? ……これ、もしかして結構ダメージ受けてるのか?
ちらり、とその表情を見ると、不満そうな表情の向こう側に、ほんの少しだけ悲しそうにしているのがわかる。……これは、やりすぎたか。
「……ちなみに、やったことあるのは親と男の友達だけどな」
聞こえるように呟くと、視界に映っていた蒼衣の表情が、ぱぁ、と明るくなる。
「……ということは、先輩も本当の相合傘はまだしたことがない、と……?」
「まあ、そうなるのか?」
本当の相合傘ってなんだ……?
そうは思いながら、頷いておく。すると、蒼衣はぷく、と頬を膨らませながら、口角を上げる、という器用なことをしながら。
「そういうことは早く言ってくださいよ! もう!」
「いや、蒼衣の反応が結構面白かったから」
「人の反応で遊ばないでください!」
「それは蒼衣もよくやってるんだよなあ」
そんな会話をしているうちに、アパートが見えてくる。
……あと少しなら、まあ、大丈夫か。雨もそんなに強くないし。
そう考えて、俺は自分の傘をたたむ。
「先輩!?」
少しかかった雨が冷たかったが、それを無視して、驚く蒼衣から、傘をもぎ取った。
なるべく、蒼衣──とオマケに荷物──が濡れないように、傘を隣へと寄せる。
それは、紛れもなく、蒼衣のやりたがった相合傘で。
「……えへへ」
蒼衣が、嬉しそうに俺の腕へと抱きつく。少し冷える雨の日に、その体温は暖かい。オマケに、なんだか恥ずかしくて、さらに体温が高くなった気がした。
「……なるほど、たしかにこれは荷物を濡らさないためですね。肩がちょっと濡れます」
「だろ? 俺も肩はもうびちゃびちゃだ」
「……先輩、もうちょっと傘はそっちでも大丈夫ですよ?」
「いやいや、これでいいから」
「もう、風邪、ひいちゃいますよ? ……えへへ」
そんな会話をしながら、歩いた少しの距離の間。すれ違った人から、1本、傘を使わず相合傘をしているのを、怪訝な表情で見られた。
いやまあ、それは当然だと思うが。
……これ、バカップルだと思われているんじゃないか……?
そんな、浮かんだ疑念を、俺は無理やり飲み込んだ。
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