第3話 渡すのはそれじゃない

「忘れん坊な誰かさんのために、可愛い彼女が傘のお届けですよ、先輩」


そう言って、水色の傘を差した蒼衣が、にやりと笑う。


「助かるしありがたいんだが、よく俺が傘を忘れたってわかったな」


「それはまあ、先輩って傘持って行ったかなあ、と思って玄関を見たら堂々と傘が置いてあったので」


「なるほど……」


たしかに、俺の部屋に置いてある傘は3本だけだ。見れば数で持って行ったかどうかはわかるし、うち1本は俺が普段使っている黒い傘。余計にわかりやすいということだ。


ちなみに、残りの2本は両方とも今日みたいな日に買って帰ったビニール傘である。……ビニール傘、普段は使わないからどんどん増えるんだよな……。今では、もっぱら蒼衣が帰るときに降っていたら持たせる、くらいにしか使われていない。


「ともかく、持って来てくれてありがとな」


そう言って、俺が手を差し出すと、蒼衣はそれをなぜか握る。


「ん? 蒼衣?」


「?」


傘を首と肩で挟みながら、首を傾げる蒼衣。湿気のせいか、いつもよりほんの少しボリューミーな髪がはらりと揺れる。


「いや、なんで握った?」


「え? 手を繋いで帰るんですよね?」


「今の話の流れからして、傘を渡してもらうに決まってるんだよなあ」


別に、手を繋いで帰るのが嫌とかそんなことは一切ないのだが、雨の日は別、というか不可能だ。間違いなく、傘同士がぶつかり、お互い濡れるオチである。


「あー、そういうことですか。ではお願いします」


「うん?」


お願いします?


言葉に違和感を覚えながら、差し出された傘を受け取り──


「……なんでお前の傘、渡してるんだ?」


「先輩が持ってくれるんですよね?」


「蒼衣さん、俺の傘は?」


「ないですよ?」


しれっとそんなことを言う蒼衣は、さらに続ける。


「なので、ひとつの傘で帰りましょう。相合傘ですよ?」


なんて、イタズラっぽく笑う蒼衣に、俺は視線を斜め下、すらりと伸びる、彼女の脚辺りにずらしてひとこと。


「……俺の傘持ってるの、見えてるんだよなあ」

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