第2話 教える先輩教わる後輩
「ふぅ……」
ようやくひと段落ついた俺は、手元のグラスを掴み、中身を飲む。課題をはじめる前に蒼衣が入れてくれたアイスティーは、氷が溶けて薄くなっている。だが、しっかりと冷やされたそれは、ぼんやりとしはじめていた頭をリフレッシュしてくれた。
ついたのは、あくまでもひと段落。まだ課題が終わったわけではない。せめて、ひとつくらいは今日中に終わらせておきたい。
そう思い、グラスに結露した水滴を服で拭って、ペンを持ち直す。思考を課題に戻す前に、蒼衣の方はどうだろうか、と思い、ちらりと視線を向けると──
「…………」
めちゃくちゃ渋い顔だった。音にはなっていないが、明らかに唸っている感じだ。眉間にシワが寄っているし、口元に力が入っている。これは多分、何かに詰まっているやつだな。
「……どうした?」
「ふぇ? あ、ああ、えっとですね、これなんですけど……」
「あー……。それはこっちのやつ使えばいけるぞ」
どうやら、俺と同じで考えて文章を書く系ではなく、問題を解く系の課題らしい。どうりでパソコンではなくペンを握っているわけだ。
俺は、首を縦に振り、ふんふんと言いながらペンを動かす蒼衣に問題の解説をしていく。にしても懐かしいものだ。この問題、やったなあ。
問題の答えを導くことではなく、どれを使って答えを導くのかを見つけるのが難しいタイプの問題だ。これ、1回見つけられなくなるともう無理なんだよなあ。
そんなことを考えているうちに、蒼衣への解説が終わる。先ほどまでの渋い表情とは打って変わって、今の彼女は普段通りだ。
「おおー。なるほどなるほど。だからこれを使うわけですね」
「そういうことだ。まあ、あんまりテストには出ないから頭の端にでも置いておく、くらいでいいぞ」
「わかりました、覚えておきます。……それにしても、やっぱり先輩は教えるの上手ですよね」
「そうか?」
自分ではあまりわからないのだが、そう言われて悪い気はしない。
「はい。いつもわかりやすいですし。……なんで先輩って、成績はギリギリなのに教えるの上手いんですかね?」
「それは俺も知りたいんだよなあ」
心底不思議そうに、蒼衣が首を傾げ、ペンを顎へと当てる。本当に、成績がギリギリなのは謎である。いや、本当に。もう少しくらい点数をくれ。
「……まあ、先輩のことですから、授業態度とかな気はしますね」
「毎回課題は出してるし、最近はおかげさまで遅刻もしてないけどな」
「……授業中、起きてますか?」
じとり、と視線を向ける蒼衣。それから、俺はゆっくりと、バレない速度で視線を逸らす。
「起きては、いるな」
「その反応はほとんど寝てますね。目を逸らさないでください」
気をつけながら逸らしたのに、もうバレた……。
はぁ、とひとつため息を吐いて、蒼衣が仕方なさそうに言う。
「本当に、先輩はだらしないというか、やる気がないというか……」
「やる気のある大学生の方が珍しいからな?」
「それにしても、ですよ。……というか、先輩は家でも寝て、大学でも寝て、いったいいつ起きてるんですか?」
「夜は結構起きてるな。あとは、お前といるときは」
「──。……夜にしっかり寝てくだい。それに、一瞬ドキッとしましたけど、わたしといるときも急にお昼寝しようとしてませんでしたっけ」
蒼衣が、ほんの一瞬、惚けた表情をした後、すん、と真顔になる。
「……それ、お前もあったよな?」
1番記憶に新しいのは、むしろ蒼衣から昼寝に誘われた気がするんだが……。
「よし、課題に戻りましょう!」
ぱん、と手を叩いて、即座にペンを取る蒼衣。
「逃げたな?」
「別に逃げてませんよ?」
そう言う蒼衣に、俺はもう少し追撃をしようかと考え──
「……まあ、そういうことにしておいてやろう」
やめておくことにした。どうせ、この後追い詰められた蒼衣に、だって一緒に昼寝をしたかった、なんて言われて照れるのは、俺の方なのだから。
そう考えて、すでに照れそうな俺は、誤魔化すようにペンを持ち、課題へと意識を引き戻すのだった。
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