エピローグ1 寄り添う朝に

「ん……ぅ……」


自分の口から漏れる声を聞きながら、わたしは目を覚ました。


ゆっくりと目蓋を開くと、目の前にはわたしの彼氏──先輩の顔。それも、少し動けばキス出来るほどの距離。


「……」


思わずどきり、と心臓が跳ねるのと、昨日の夜のことを思い出して、赤くなる顔を理解しながら、わたしの視線は先輩から離れない。


眠っている先輩は、緩みきった、というより安心しきった表情で、幸せそうに眠っている。ほぼ毎日、先輩の寝顔は見ているのだけれど、こんな表情は珍しくて、ちょっと嬉しくなってしまう。わたしと、一緒に眠っているからだと、いいなあ。


……まあ、その答えは今後の機会にゆっくり確認していくとして。


なんとなく、イタズラしてみたくなって、わたしは人差し指を先輩の頬にゆっくりと突き刺す。


む、にゅぅ、と形を変えていく頬は、なんだかんだで柔らかい。……でも、わたしの方が柔らかい、はず……?


むにむにと、繰り返し先輩の頬を堪能する人差し指とは逆の手の指で、自分の頬を突く。……うん、まだわたしの方が柔らかい。


そのことに満足して、わたしは先輩を突いていた指を引っ込める。先輩は、なんだか険しそうな顔をしていた。


「安眠の邪魔してごめんなさい。これで許してくださいね?」


そう小声で呟いて、わたしは先輩との距離を詰める。ほんの少しだけ開いていた距離は、一瞬でなくなる。


ぴったりとくっつくと、わたしと先輩の肌が触れ合う感触。……そうだった。わたしも先輩も、昨日、その、そういうことをしたから、服を着ていないままなのだった。


また初体験を思い出して、顔が熱くなってくる。なんとか思考を逸らそうと、わたしは先輩の体に手で触れる。


全身の触れた肌からわかる感触は、わたしとは違う、硬い体。筋肉なのだろうか。よく、先輩はもう運動をしていないからしんどい、とか体力が落ちた、なんて言っているけれど、それでもたくましい体に、ドキドキしてしまう。


……一応、お詫びのつもりでくっついたのに、わたしが楽しんじゃってる……。


なんて、思わず苦笑を漏らす。


「んん……」


その漏れた声に、先輩が反応して、身動ぎする。起こしてしまったかもしれない。そう思った瞬間──


「ひゃ──!」


わたしの体に、腕が回された。しっかりと2本の腕は、わたしを捕まえて、そしてぎゅっと抱き寄せる。


先輩に、抱き締められている。


それだけで、もう幸せ。


口角が上がって、にやにやしてしまっているのが自分でもわかる。


それから、どれくらい経っただろうか。


わたしが、頭をぐりぐりと先輩の胸に押し付けたり、なんとなく、本当になんとなく腕を甘噛みしてみたりしても、先輩は起きる気配がなくて。


つい、わたしも二度寝をしてしまいそうになる。


けれど、そういうわけにもいかない。今日は木曜日で、講義がある。だから、ずっとこのまま、というわけにはいかないのだ。……すごく、すごく残念だけれど。


名残惜しいけれど、今が何時なのか確認して、それから先輩を起こすのか、もう少しこのままでいるのかを決めよう。


そう思って、わたしはちらり、とベッドに置かれていたデジタル時計へと視線を向ける。


24時間表記のディスプレイには、14時42分の文字。


……14時? ……って、午後の2時!?


「ち、遅刻どころじゃない!?」


たしか、わたしは2限から。2限の講義時間なんて、とっくに終わっている。それどころか、3限の講義時間すらもうそろそろ終わりの時間。


自分の顔から血の気が引くのがわかる。


と、とにかく先輩を起こさないと!


まだ、4限には遅刻くらいで行けるはず!


「先輩、起きてください、せんぱーい!」


わたしは、慌てて先輩を揺さぶるのだった。

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