第2話 1ヶ月記念日なのです!
「……くそ、結局直らなかった……」
まだ微妙に跳ねている髪を、ぐしぐしと頭に押しつけながら、俺は蒼衣と大学へと向かっていた。
「その跳ね方なら全部濡らした方が早いって言ったじゃないですか」
「いや、それはそれで面倒なんだよな……」
「面倒くさがって結局直ってないし時間もかかるしじゃあダメじゃないですか……」
「気持ちの問題なんだよなあ」
蒼衣は、はぁ、とひとつため息を吐く。
「あ、そういえば先輩。今日が何の日か覚えてます?」
先ほどまでの仕方なさそうな表情から一変、蒼衣はどこか期待するようにこちらを見る。
「今日? えーと……14日だったか?」
そう言いながら、俺はスマホのロック画面で日付を確認する。表示されているのは4月14日。合っているようだ。
「別に何かある日ってわけでもないしな……」
顎に手を当てながら、考えているふりをする。……実際は、何の日かはもうわかっているのだけれど。
「……本当に、わかりませんか?」
半分不服そうに、もう半分は悲しそうにする蒼衣に、俺はからかうのをやめる。その顔は反則だ。
「悪かった、冗談だ。……付き合ってちょうど1ヶ月の日、だろ?」
そう言うと、蒼衣はぱぁっ、と表情を明るくする。
「そうです! 今日はわたしと先輩が付き合いはじめて1ヶ月記念日なのです!」
急に機嫌が良くなった蒼衣に苦笑しつつ、俺はひとつの疑問をぶつける。
「それはいいんだが、1ヶ月記念って何するんだ?」
そう、何をするのか、だ。こういう記念日的なものを大切にした方がいい、というのは聞いたことがあるのだが、具体的に何をするのか、何をした方がいいのかはわからない。
悩む俺に、蒼衣は頬に指を当てる。……これは多分、蒼衣もよくわかってないな。
「一緒に美味しいものを食べたりとかですかね? あとはプレゼント?」
「美味いものを食べるのはいいとして、プレゼントはさすがに用意してないぞ……」
というか、ここでもプレゼントをするのか。誕生日だけでも苦戦するというのに、さらに機会が増えるというのは、俺にとっては厳しいものだ。
「……蒼衣は何か、欲しいものはあるのか?」
結局、俺が絞り出したのは、ある意味1番ダメな答えだった。多分、プレゼントって渡す側が考えるから良いものなのだと思う。
だが、結局いらないものを渡されるのも……と考えてしまうのが、俺なもので。
「うーん、そうですね……。わたしもプレゼントは準備したわけではないので、無くてもいいんですけど……」
そう言ってから、蒼衣は両手の指先を合わせて、ちらり、とこちらを見上げる。
「実はひとつ、欲しいものがありまして……」
「ん? なんだ?」
「そ、その……ですね……」
蒼衣の歯切れの悪さに首を傾げると、思い切ったのか、半分叫ぶように続けた。
「お、お揃いのアクセサリーが欲しいな! と!」
「お揃いの、アクセサリー……?」
俺は、思わずその言葉を繰り返す。基本的にアクセサリーをつけない俺としては、持っていたところで、というやつなのだが。ピアスの穴も開いていないし。
だが、蒼衣の言っているアクセサリーはそういうものではないらしい。
「そ、そのですね。高いものである必要はまったくないんですけど、お揃いの指輪とか欲しいなー、と!」
わたわたと両手を動かし、蒼衣は説明を続ける。
「ストラップはお揃いですけど、やっぱり身につけるものでお揃いにしたいなー、といいますか、指輪ならつける位置で先輩の所有権はわたしにあることを見せつけられるといいますか……!」
「お、落ち着け。後半は結婚指輪の間違いじゃないか!?」
「と、ともかく、その、お揃いの指輪が欲しいんですけど……」
ちらり、と先ほどと同じようにこちらを上目遣いで見上げる蒼衣に、俺はどきり、としながら、それを隠して。
「……まあ、それくらいなら」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
小声で、やった、と呟く心底嬉しそうな蒼衣に、俺は思わず笑みを漏らした。
「じゃあ、講義が終わったら探しに行くか」
「はい!」
元々、ケーキでも一緒に食おうかと思っていただけなので、思ったよりも出費がかさみそうだが、まあいいだろう。大切なのは、蒼衣が喜ぶかどうか、というところだ。
……それはさておき。指輪で所有権を示す、か……なるほど……。
俺は、なんだか蒼衣に寄ってきたような気がする思考を、頭を振って吹き飛ばした。
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