第9話 学期はじめの大出費?
部屋へと戻った蒼衣は、即座にカレーを作りに台所へ──というわけではなく。
俺と一緒に、テーブルにプリントを広げていた。
「ええと、この科目は教科書がいらなくて、こっちは必要……」
蒼衣はそう呟きながら、プリントの文字を別の紙に書き写していく。
俺たちは、今日の講義で判明した必要な教科書を買うための準備をしていた。
大学では、教科書は配布されるわけではなく、自分で入手しなければならない。
どの教科で、どんな教科書が必要なのか、それを把握する必要があるのだ。
そしてもちろん、その教科書の入手ルートはどこからでもいいわけで。
「あ、その教科書持ってるぞ。いるか?」
「いいんですか?」
「どうせ持ってたところで使わないしな。売りに行こうか迷ってたし」
「じゃあ、お借りしますね」
「別にいらないしあげるぞ?」
といった具合に、人から譲り受けたり、中古で買ったりとしている人もいる。はたまた、
「……この講義は教科書がいらないって聞いたから、買う必要もないな」
といったように、教科書を買わなくてもなんとかなる講義もある。だったら最初からいらないって書いてくれ。
「うーん……。結構教科書代がすごいことになりそうです……」
確認し終えたのか、紙を手に持ちながらテーブルに突っ伏す蒼衣。テーブルと面する頬は、思わず突っつきたくなるように、むに、と形を変える。
「……あれ? 前は教科書がない講義ばっかり選んでなかったか?」
たしか、半年前の履修登録はそうしたと言っていた気がするのだが。
「そうしたかったんですけど、必修に教科書がいるものが多くて、どうしても買わないといけなくなってしまいまして……」
「あー……」
相変わらず、大学生を苦しめる必修科目……。だが、必修科目というのは、同じ学部の学生が受けなければならないから必修なわけであって。
「蒼衣は運が良いな」
「え?」
むにに、と頬の形を変えながら、こちらへ頭を動かす蒼衣。はらり、と落ちたひと房の髪が邪魔だったのか、少し顔をしかめて、手で退けている。
「ちょっと待ってろ」
俺は、立ち上がり、部屋の隅に置いてあった段ボールを開ける。中には、いつかにもひっくり返したプリントが山のように入っている。
そして、その中には目的の物も入っているのだ。
「えーと……。あ、あったあった」
ボソッ! という紙の束が下に落ちる音をさせながら、俺はそれを取り出す。
「ほい」
「え、あ、はい。……あ、これって!」
「必修科目の教科書だ」
目を見開く蒼衣に、俺はにやりと笑う。
同じ学部に属しているのだから、蒼衣の受けた講義は俺も受けていたのだ。それも、ついこの間まで。
さすがに必修科目の教科書くらいは買わないといけないと思い、すべての教科書を買っているので、蒼衣の欲しい教科書はすべて揃っているはずだ。
「少なくとも今年は使わないだろうし、使っていいぞ」
「ほ、本当ですか!? 助かります……!」
ぱぁ、と顔を明るくする蒼衣に、俺は思わず苦笑する。まあ、教科書代は本当に洒落にならないから、そんな表情にもなるだろう。
「これでなんとかなりそうです……」
大きくひとつ息を吐く蒼衣を見ながら、俺は元の位置に戻り、座って自分の必要な教科書一覧を見る。
……多い。それに高い。
専門科目の教科書が高すぎる……。
「先輩はどれくらいありました?」
必要な額が確定した蒼衣は、気楽そうに聞いてくる。
それに俺は、教科書の名前と値段を書き連ねた紙を見せる。
「よかったな蒼衣。来年もこの額払わなくて済むぞ」
「……先輩、わたし節約レシピで頑張りますね。あと、して欲しいことがあったら遠慮なく言ってください」
申し訳なさそうにする蒼衣。だが、いつも安く飯を作ってくれる蒼衣にそれ以上望むこともないんだが……。
と、思いつつ、俺はひとつ思いついたことを言っておくことにした。
「じゃあ、今日のカレーとびきり美味いやつを頼む」
「任せてください! 先輩のカレーの概念をひっくり返すくらいのものを作ってみせます!」
ぐっ、と胸の前で手を握りしめて、蒼衣は台所へと向かった。
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