第10話 そんなお揃いはいらないですー!

「そういえば先輩」


隣に座る蒼衣が、思い出したようにそう言った。さすがに膝枕のままで長時間はちょっと、ということで、またベンチに並んで座っている。


「ん?」


「そろそろ履修登録の時期ですよね」


「そういえばそうだな」


忘れていたが、もう3月も終わりの時期だ。4月になれば当然講義がはじまるのだから、その前に、どの講義を取るのかを選び、申請する履修登録がある。


「何取るか、もう決めました?」


「いや、俺は履修登録がはじまってから決めるタイプだからな。そもそも何が取れるのかとかも知らない」


大半の大学生はそうだと思う。自分の取りたい講義、というよりも、取らなければならないもののうち、取れる講義を選ぶ、というのが履修登録のやり方なので、そうなるのは当然ではある。


「まあ、そうですよね。わたしも何が取れるのかまだ知らないですし」


「知らないのかよ。……で、急になんでそんな話に?」


「教養科目に面白い講義がないかな、と思いまして」


「ああ、なるほどな」


大学の科目の種類には、教養科目、必修科目、専門科目の3つがある。


今、蒼衣の言った教養科目は、山ほどある講義の中から気になったものを選んで取っていい、というものだ。必要な単位数こそあるものの、ひとつも落とせない、なんてことはなく、ある意味大学生の怠慢に一役買っている科目の種類だ。……蒼衣に会わなければ、こいつのせいで俺も危うく卒業出来なかったかもと思うと、少し怒りが湧いてくるな……。


専門科目は名前の通り、専門的な講義で、学部に深く関係したものだ。これも取らなければいけない単位数が決まっている、らしい。3回生から取るらしく、次から3回生の俺はまだどういうものかは知らないし、蒼衣は存在すら知らないかもしれない。


必修科目も名前の通り、必ず単位を取らなければならず、落としてしまうと卒業出来ない。そのくせ、やけに難しかったり所属している学部とまったく関係のない、興味の欠片もない科目があったりと、多くの大学生が地獄を見る科目だ。蒼衣は難なくクリアしていたが、俺はボロボロだった記憶がある。特に英語は大変だった……。


「急に遠い目してどうしたんですか?」


「……いや、必修の英語を思い出して悲しくなってな」


「アレ、普通にしてたら単位取れますよ」


なんてことなさそうに言う蒼衣だが、そんなことはない。俺はため息をひとつ吐く。


「英語が苦手じゃなければな」


英語が苦手だった俺は、それはもう酷かった。教授の慈悲で単位をもらえたと言っても過言ではない。


「……じゃなくて、教養科目です。受けた中で1番面白かったものってなんでしたか?」


緩く首を傾げる蒼衣を見ながら、俺は思い出してみる。


「……教養科目、あんまり覚えてないんだよな……」


「うわあ……。それ、大学生が勉強してないって言われる理由のひとつですよ……」


「そういう蒼衣は覚えてるか? 1年前の教養科目」


うーん、と顎に手を当てる蒼衣の表情が、ゆっくりと、ゆっくりと険しくなっていく。


……これ、覚えてないな。


「うーん、ええと、ええっと……あれぇ?」


「ほら、覚えてないだろ?」


「覚えて、ないですね……」


がくり、とうなだれる蒼衣の肩に手を置いて、俺は出来る限り優しそうに聞こえる声を出して、こう言った。


「お前も勉強、してなかったな。俺と一緒だ」


「先輩とのお揃いは嬉しいですけど、そんなお揃いはいらないですー!」


本日2度目の悲鳴に、俺は思わず吹き出した。

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