第25章 3月30日

第1話 ちょっとお花見に行きませんか?

天気も良く、気候も安定してきたある日のお昼前。


「ただいまですー」


ガチャリ、という扉が開く音とともに、そう言って部屋へと入ってきたのは、日に日に服装が軽くなっていて、その姿に春を感じる俺の彼女、雨空蒼衣だ。


「おう、おかえり。……ていうか、お前自宅みたいに帰ってきたな……」


「まあ、半分自宅みたいなものですし。だって春休みの間、ほとんどここにいるじゃないですか」


「たしかに……」


言われてみれば、蒼衣と会わなかった日を思い出せない。……というか、そんな日はなかった気もする。


「なので、いっそ、ただいまって言っちゃってもいいかなー、と」


「それは違う気がするんだが……」


「でも、ただいまって言って彼女が帰ってくるの、良くないですか? どうです?」


……それは、まあ。


「……まあ、良いと思う」


「そうでしょうそうでしょう! これでついにわたしも通い妻からほぼ同棲にレベルアップです!」


なぜか誇らしげに胸を張る蒼衣を見ながら、俺は記憶を辿る。


「……そういや、そんな話したこともあったな」


蒼衣が、実質同棲です、なんて言ったのを否定した結果、通い妻に落ち着いた、みたいなことがあった覚えがある。……通い妻に落ち着いたってなんだ……? 落ち着いてなくないか?


「そんな同棲中の彼女から提案があるんですけど」


「同棲はしてないけどな……。で、なんだ?」


蒼衣は、わさ、と音を鳴らしながら手に持つ袋を見せて。


「ちょっとお花見に行きませんか?」


「お花見?」


「はい。近くにあった公園で桜が満開だったので、行きたいなー、と」


キラキラと目を輝かせる蒼衣だが、それに反して俺は、


「……外出るの面倒なんだが……」


と、あまり乗り気ではない。……花見ても、なあ……。


「えー……行きましょうよー」


ぷく、と頬を膨らませる蒼衣に腕をぐいぐいと引かれる。


「花に興味がないんだが……」


「花って……。桜ですよ桜。……お昼前ですし、お弁当も作りますよ?」


わさり、ともう1度手に持った袋を見せるように鳴らす。


「……それは食べたい」


女の子の手作り弁当。それは、男にとってひとつの憧れだ。


ほぼ毎食女の子の手料理を食べているやつが何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、やはり手料理と手作り弁当はまったくの別物と言っていいほどのものだと俺は思っている。理由は上手く説明できないが。


ともかく、それほどまで魅力ある提案が、俺の心に葛藤をもたらしていた。


……外へ出るのは面倒だ。しかし、蒼衣の作った弁当は食べたい。


そのふたつを、俺は天秤にかける。


……まあ、考えるまでもなく。


「よし、花見行くか」


面倒よりも、蒼衣の作った弁当が食べたいという気持ちの方が強いのだけれど。


その回答に満足したのか、蒼衣は笑って腕をまくり、


「では、お弁当準備しますので、ちょっと待っててくださいね!」


と言って、台所へと飛び込んでいく。


……弁当、弁当か。


今から楽しみだな、と、花より団子な思考回路をしながら、外出の準備をはじめた。

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