第4話 肉まんは火傷とともに
買い物を済ませた俺たちは、部屋へと戻るべく、帰路についていた。
わさり、と右手から音を鳴らす袋の中には、当初の目的だったごまだれ、そして急遽追加されたエビが入っている。
殻剥くの、めんどくせえなあ……。かといって、エビを取らないのはバレるしな……。
そんな葛藤をしていると、雨空が思い出したように言った。
「夕飯の話ばかりしてましたけど、ちょうどお昼ご飯くらいの時間ですね。作りますけど、何か食べたいものあります?」
「食べたいもの、なあ……」
何かあるか……?
そう思い、考えようとしたタイミングで、ちょうどいいものが目に入った。
「お、あれにしよう」
「あれ? ……あー、あれですか! いいですね、冬って感じです」
遅れて気づいた雨空が、ぴょこん、と跳ねる。
「もうそろそろ春だけどな」
俺たちが見つけたのは、コンビニ──の前の旗だ。
そこに書かれているのは、肉まん販売中の文字。
そういえば今年はまだ食べていなかった気がして、気づいてしまうと食べたくなってしまった。
自動ドアではない扉を押し開き、店内へ。独特で耳に残る入店音を聞きながら、レジ横の肉まんが置いてある一角へと向かう。
「あ、定番は全部ありますね。珍しいです」
「だな。さすがに限定まんは残ってないみたいだが……。で、どれにする?」
ケースの中には、肉まん、ピザまん、カレーまん、あんまんの4種類が全部揃っている。一番下の期間限定の棚に何もないのは、まあ昼時なので仕方がない。
「うーん……困りますねこれ……。どれも食べたい……」
「わかる。肉まん選ぶの大変だよな。かといって4つ食うのはしんどいしなあ」
俺の言葉を聞いてから、雨空がぽん、と手を打つ。そして、こちらをくるり、と振り向いた。
「先輩。全部1個ずつ買って、半分ずつ食べません? そうすれば全部の味食べられますよ?」
「たしかに。そうだな、そうするか」
そうと決まればあとは買うだけだ。それぞれひとつずつ購入し、コンビニから外へと出る。
俺は歩きながら、袋の中に入っていたおしぼりを手渡す。
「さて、何から食う?」
歩きながら食うのか、と思われるかもしれないが、肉まんの冷める速度を舐めてはならない。恐ろしい速度で冷めるので、買ってすぐに食べるのが正解だ。
「うーん……とりあえず、肉まんですね。他の味が濃いので」
「わかった。……ほれ」
雨空の要求通り、俺は肉まんを半分に割り、片方を雨空へと渡す。
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って、雨空がはむり、と肉まんを口に運ぶ。それを見ながら、俺も肉まんを口へと放り込んだ。……うん、美味いな。
「やっぱりこれが定番って感じがしますね」
「だな。ちなみに、雨空は何まんが好きなんだ?」
「うーん、そうですね……。ピザまん、ですね」
少し考えるそぶりを見せてから、雨空はそう答える。
「そうなのか。じゃあ次はピザまんで。……ほい」
「わ、とと。はむ……あつ! チーズが熱いです!」
俺が手渡したピザまんに飛びついた雨空が、熱さで跳ね上がる。
「気を付けろよー」
「もう遅いですよ! ……やっぱり美味しいですね。ピザまんが1番です。先輩はどれが好きなんです?」
涙目になりながら、雨空がそう聞いてくる。……涙目、ちょっと可愛いな。
雨空の涙目顔を見ながらピザまんを口に放り込む。……あっつ、チーズあっつ!
先ほど気を付けろ、なんて言った手前、熱いなんて言えるはずもなく、俺は平然を装って返事をする。……口、確実に火傷したな。
「俺は……カレーまんかピザまんか……悩ましいな……」
そもそも、コンビニの肉まんが好きなので、あまりどれが好き! というのがないのだが。その回答がお気に召さなかったらしく、雨空がこちらを見て、
「どっちか決めてください」
「ええー……。とりあえず、カレーまん食べてから決めてもいいか?」
「いいですよ。ここでピザまんとカレーまんの決着をつけましょう」
「深刻な問題みたいになってきたな……」
そう呟きながら、俺は袋からカレーまんを取り出し、半分に。片方を雨空に渡してから、今度は火傷しないように冷まして食べる。
雨空も同じように、息を吹きかけて冷ましてから口へと運んでいる。両手で包み込みながら、少しずつ食べる様子が小動物めいていて可愛らしい。
これはリスっぽいな、なんて思っていると、俺の視線に気づいたらしく、雨空がこちらを見て首を傾げる。
なんでもない、と手を振りながら、俺は残りのカレーまんを口へと放り込む。
「……やっぱりカレーまんだな。俺はこれが1番美味いと思う」
「お、派閥が分かれましたね。これは、バトルの予感……」
「またゲームでもして決着つけるか?」
「……遠慮しておきます」
むすり、とそっぽを向く雨空。どうやら、この間勝ったのは偶然だと理解しているらしい。
「まあそう機嫌悪くするな。ほら、あんまん」
「……いただきます」
明後日の方向を向いたままの雨空に、あんまんを手渡す。それを受け取った雨空は、軽く冷ましてからひとくち食べて──
「あつっ!」
またも飛び跳ねた。
「あんまんって1番熱い気がするよな」
「わかります。なんででしょうね。……うう、ヒリヒリする……」
また涙目で口に手を当てている雨空を見ながら、俺もまたあんまんをひとくち、口に運んで──
「あっつ!」
今度は飛び跳ねた。
冷ましたのに、この熱さか!
恐らく、俺も涙目になっているのだろう。そんな俺を見て、雨空は、
「け、結局先輩も火傷してるじゃないですか!」
なんて言って笑っていた。
「う、うるせえ……」
恥ずかしいやら口が痛いやら、顔まわりが忙しい。
……次から、あんまんはしっかり、念入りに冷まして食べよう。
そう決意して、最後のひとくちを放り込む。
「まだ熱い!?」
慌てる俺を見て、また雨空は笑っていた。
……楽しそうでなによりだ。
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