第3話 殻は剥きません
しばらく来ていなかった大学近くのスーパーは、あちらこちらにホワイトデーを主張するものが所狭しと置かれていた。
……うるせえわかってるよ……。
そんな販促物たちに急かされているような気分になり、心の中で悪態をつく。
ごまだれを買いに来ている場合ではないことはわかっているのだが、ごまだれは必須だ。
……あとは、まあ。
仕切り直し、というやつだ。
どうせあのままだと、いつも通りにのんびりしてしまい、結局渡せなかった──なんてことになりかねない。
そんな、問題先送りの言い訳を述べながら、俺はカゴを載せたカートを押している。
「あ、せっかくですしエビも入れます?」
雨空は、鍋の何がそんなに楽しいのか、テンション高めであれこれ具材を見ている。
「どっちでもいいが……。あ、入れるなら殻だけは剥いてくれ」
「え、なんでですか?」
「お前も殻ごと入れるタイプか……。殻剥いてないと食うのが面倒なんだよな……。手も汚れるし」
「でもダシが出て美味しくなりますし。むしろダシのためにエビを入れる、みたいなところありますよ?」
「へえ、そうなのか。ダシのためか……」
言われてみれば、殻でダシを取るって聞いたことあるな……。
納得しながら、俺はエビをカゴに入れようとする雨空へ、ひとこと。
「よし、エビなしで」
「え、今の流れでですか!?」
雨空が、エビを手に持ったままフリーズする。それ、戻しておいて。
「だって剥くの面倒なんだよなあ……」
「先輩は相変わらず面倒くさがりですね……。魚の骨も嫌がりますし……」
「元々、味より手軽さの方を重視してるからなあ」
呆れる雨空に、俺は当然のようにそう言った。まあ、そうでなければインスタント漬けの生活を送ることはなかっただろう。
……おい雨空、エビをカゴに入れるな。殻の剥かれないそいつは鍋にいらない。
「……つくづく思いますけど、先輩ってわたしと出会わなければ早死にしてそうですね」
「……否定はしないな」
栄養が偏っていたのは確かだ。それに、雨空が食事を作ってくれるようになってから、明らかに体調は良くなった。相変わらず寝てばかりではあるが。
「じゃあそんなわたしからひとつ先輩へ」
にこり、と雨空が笑う。……この笑い方は、嫌な予感が……。
「なんだ?」
「エビ、入れましょうね?」
「……先に殻を剥くなら」
「殻もついたままで、入れます」
笑顔の圧に、俺は抵抗する術を知らず。
「……はい」
結局、エビはそのままカゴの中に居座ることになった。……殻、剥いてくれたりしません?
今から殻を剥くことを考えて、げんなりとする俺とは対照的に、さらにテンションの上がった雨空は、気分良く前を進んでいく。
「あとは、ごまだれを買ったら終わりですね」
「ごまだれの犠牲がエビの殻剥きか……。代償がでかいな……」
「先輩、その面倒くさがりなところ直した方がいいと思いますよ……」
……まあ、俺もそうは思うが。
直せるものなら、もう直してるんだよなあ。
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