第14話 触れていたいと

激戦を終えた画面には、雨空の操作していたピンクボールが、勝ち誇ったようにポーズを決めている。


「わたしの勝ちですね……!」


「まさか最後にハンマーで殴られるとは……」


ハンマーの偉大さにうなだれていると、雨空がにやり、と笑みを浮かべる。


「先輩、わたし、勝ちました」


「……そうだな」


「勝ったので、何を考えていたのか教えてもらいますよ?」


「そういえばそんな話だったな……」


勝負に集中していて忘れていたが、雨空が勝てば、俺が格ゲー中の盤外戦術後に何を考えていたのかを白状させられる、という賭けが行われていた。


……言いたくねえ……。


そう思った俺は、苦し紛れに適当なことを言ってみる。


「……この勝負は負けたけど、通算だと俺が勝ってるからな」


「先輩、言いましたよね? 『この勝負に勝ったら教えてやろう』って。その前のゲームの勝ち負けは関係ないです」


律儀に声真似なんかしながら、雨空はしっかりと逃げ道を潰す。……というか、俺の言った言葉を正確に覚えすぎではないだろうか。言った本人ですら、そんな口調だったか覚えていないのだが。


「さあ先輩、観念してください」


語尾に音符がつきそうなほどに機嫌を良くしながら、雨空がこちらを覗き込む。


「……黙秘は?」


「なしです。往生際が悪いですよ」


「そのセリフ、本当に言うやついるんだな……」


「そんなのどうでもいいので、早く白状してください」


「……あー、その、なんだ……」


逃れられないことを理解し、諦めた俺は、一応言葉にしてみようとするも、上手く言葉が出てこない。


なんというか、言いにくいのだが……。


「……もう少し、触れてたいな、とは思った」


絞り出すように言うと、雨空がぴくり、と反応する。


「……なるほど。それで、何を想像していたんです?」


……もう、こうなればヤケクソである。どうせあれこれ聞かれるのなら、さっさと洗いざらい吐いてしまう方が被害が少ない、気がする。


そう思った俺は、あのときを思い出しながら、恥ずかしさに耐え、目線を逸らしながらこぼす。


「……こう、感触、的な?」


「……なるほど」


「なるほどってお前な……」


どういう反応なんだ……。そう思い、雨空をちらり、と横目で見る。


雨空は、下を向いて、耳まで顔を赤くしながら、少し嬉しそうにしている。


「……」


「……」


少しの間、沈黙が続き、俺の精神が落ち着いてきた頃に、雨空が急に立ち上がった。そして、


「……よしっ」


と呟き、俺を見る。


「……先輩」


「……なんだ」


俺の問いかけには答えず、くるり、と後ろを向いて──


「──ッ!?」


またも、俺の膝へと乗ってきた。甘い香りが、くらりと脳を刺激する。


……は? わけがわからない。なんで?


混乱する俺に、雨空が小さく呟く。


「……お好きにどうぞ」


「……は?」


「……先輩の、好きにしてもらって構いません」


そう呟いた雨空の耳は、朱色どころか真っ赤に染まっている。


「い、いやいやお前な……」


「せ、先輩が言ったんですよ? もっと触りたいって……」


「言い方のせいで良くない意味に聞こえるな……」


「そ、そんなのなんでもいいです。そんなことより、先輩はどうしたいんですか?」


そう言って、雨空がこちらを見る。瞳はいつもよりしっとりと濡れていて、さらに上目遣いときている。……これは。


「……雨空。もういい、大丈夫、十分だ」


絶対に耐えられなくなる。そう思い、俺はこう言ったのだが、雨空には当然伝わらないわけで。


「……先輩は、わたしに触りたいんじゃないんですか?」


そう言って、俺に背を預ける。密着度が増し、雨空の甘い香りがさらに強くなり、脳が麻痺していく。


昔の俺ならともかく、今の俺にはこの刺激に耐えられる自信がない。


……まずい。


そう思いながら、手を伸ばしそうになった瞬間。


「は、はい! 時間切れです!」


そう言って、雨空が急に立ち上がる。


「わ、わたしそろそろご飯の準備してきますね!」


そう言って、雨空は台所へとぱたぱたとかけていく。その横顔は、これまで見た中でもトップクラスに赤い。……恥ずかしいならやらなければいいものを……。


そんな風に思いながら、俺は大きくため息をつく。


……正直、助かった。


あのままいけば、どうなっていたのか、本当にわからない。まったく、こういうイタズラはやめてほしい。……イタズラではなかった気もするな。


何はともあれ、とてつもなく疲れた。こういうときは寝るに限る。


そう思い、ベッドへ飛び込もうとして。


「……そういえば、干されたんだっけか」


悲しい現実に、うちひしがれるのだった。

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