第6話 心配性の先輩

「……雨空」


「なんでしょう」


今、俺の目の前には夕飯が並べられている。


メインとなるタンドリーチキンに、久方ぶりの米、豆腐の味噌汁、そして白菜の浅漬け。


その和洋折衷なラインナップに文句はない。むしろ希望通りと喜ぶくらいだ。


……なのだが。


「タンドリーチキンって本来赤い色のはずだよな?」


「……赤いですよ」


「明らかに白の面積の方が大きいんだが!?」


目の前にあるメインディッシュには、なぜか白いものが覆うようにかけられている。


……これは。


「餅……?」


恐らく、溶かされた餅だろう。


「正解です。先輩の希望と使わなければいけない義務感が合体してこうなりました」


「こうはならないだろ……」


改めて、餅のせタンドリーチキンを見る。まあ、美味いだろうことはわかるのだが。


「……なぜ載せた?」


「使わないといけないので」


「……なぜ米を炊いた?」


餅を使うなら餅オンリーでよかったのでは?


「……わたしが久しぶりにお米を食べたかったので」


「わかる……わかるが……」


たしかに米は食いたいとは思っていたが、米と餅を一緒に、というのはなにか違う気がする……。


「あと、これどれくらい餅使った?」


その俺の質問に、雨空が目を逸らす。


「……」


「……」


観念したのか、雨空がひとつ息を吐く。そして、目を逸らしたまま、


「……3つです」


と答えた。


「誤差じゃねえか!」


「もう少し使えるかと思ったんですけど、さすがに薄くスライスしてからじゃないとダメだったので……」


「なぜスライスしないといけないと思った時点でやめなかったんだ……」


「使わないと、という義務感が……」


「……とりあえず、食ってみてから考えるか」


「……考えたところでもうお餅かかってますからね」


「かけたのお前だけどな」


開き直るんじゃねえ。


そう思いつつ、かかっているものは仕方がない。


ひとつ、口に放り込む。


「……いや、美味いか美味くないかなら美味いが、無い方がいい」


それを聞いて、雨空もひとつ、口に運ぶ。


「……ですね」


「……まあ、かかってるものは仕方ない、か」


別に、不味いわけでもないしな。


そう思い、食べ進める。


「……です」


と、雨空が何かを呟いた。


「ん?」


「これは大失敗です……。主婦として許されません……」


「いや、お前主婦じゃないだろ」


割と本気で落ち込みそうな雨空だが、とりあえずツッコミは入れておく。


「いずれ主婦の予定なので」


そう言って、雨空はタンドリーチキンをまたひとつ口に入れる。微妙……、と呟きながら咀嚼していた。そうだな、微妙だな。


「いずれって、雨空、就職するつもりないのか?」


「ありますよ? ただ、最終的には主婦かなあ、と」


「その理由は?」


「子どもが出来たら仕事はしてられないでしょうし。別にわたしが働いてもいいんですけど……」


そう言って、雨空はちらり、とこちらを見る。


「先輩、心配性なので、わたしが働くなら自分が働くって言うんじゃないかなあ、と」


「!?」


思わず、ゲホッ、とむせる。


その間にも、雨空は「先輩に子どもを育てるのはちょっと無理かな……と思います……」などと言っている。それは、俺も同意するな……。自己管理すら出来ないタイプだからな……。


……それはともかく、だ。


「……待て、もうこの際子どもがどうとか、相手が俺確定なこととかはひとまず置いておくとして、だ。誰が心配性だって?」


「先輩ですよ?」


さも当然、むしろ何を言っているのか、というように、雨空が首を傾げる。


「……その根拠は?」


「長い間、男を部屋に上げるな、とか、男の部屋に泊まるな、とか。そんなことを言っていた人が心配性ではない、と?」


「いや、その辺は一般常識的な範囲だろ……」


「……では、毎回わたしが帰るとき、そんなに距離もないのにわざわざエントランスまで見送っているのは?」


「気づいてたのか……」


「はい。……というか、ほぼ毎日なのに気づいてないとでも?」


そう言われてみると、たしかに気づかない方がおかしいのかもしれない。


雨空が、こほん、と咳払いをする。


「そんなわけで、心配性な先輩は、きっと働くなら自分だーって言うだろうな、という予想です」


「……なるほど」


「それで、先輩は自分でどう思いますか?」


雨空の目が、「当たっていますよね?」と告げている。なんとなく、癪だな、と思い、目を逸らす。


「……さあ?」


「あ、これは図星のときの反応ですね」


雨空が、俺の視界に入ろうと体を動かしながら、そう言った。


「……」


「ですよね?」


さらに視線を逸らす。というか、顔ごとずらした。


「……そのときになればわかるだろ」


そう言うと、雨空は少し驚いた風を見せながら、


「……そうですね。そのときまで、答え合わせは取っておきましょうか」


と言って、くすり、と笑った。


多分、それは正解なんだろうなあ……。


そんな確信めいた予感を、俺は味噌汁で流し込んだ。

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