第20章 1月6日

第1話 多分新年一発目の悲劇

「マジか……」


俺は、自室でとあるものを眺めている。


うん、困ったなこれ。


頭を悩ませていると、ガチャリ、と扉の開いた音がした。ナイスタイミング。


「お、来たな」


「? 来ましたよ?」


こほん、とひとつ咳払いをして、雨空の方へと体を向ける。


「今から暇か?」


「まあ、暇ですね。別になにもないですし」


そう言いながら、雨空はコートを脱いでハンガーへとかけている。


「よし、なら今から出かけるぞ」


「どこへです?」


珍しそうに雨空が首を傾げる。


「ショッピングモール」


「? なにをしに行くんです?」


雨空の首がさらに曲がる。俺からショッピングモールに行く、なんて言ったことはほとんどなかったから当然か。


だが、今日は行かざるを得ない理由があるのだ。


「スーツを買いに行く」


「スーツ、ですか? 今ここにあるじゃないですか」


そう言って、雨空が床に置かれたスーツ一式を指差す。


そう、ここにあるのだが。


「これ、入学式に着てたスーツなんだが、サイズがもう合わなくて着れなくなった」


「……そんなこと、あります?」


「それがあるんだよなあ。……ほら」


Tシャツの上から軽く羽織ってみようとするのだが、うまく羽織れない。


「わ、本当ですね。それで、なぜ急にスーツを着ようと思ったんですか?」


至極当然の疑問に、俺は羽織りかけのジャケットを破れないように脱ぎながら答える。


「そろそろ成人の日があるだろ? で、俺は今年成人式」


「……あー、そんなのありましたね」


「そう、そんなのがあるんだ。俺もハガキが送られてきてはじめて知ったんだが」


テーブルの上に置いていたハガキを雨空に差し出す。


「へえ、こんな感じで来るんですね」


「地域によって違うらしいけどな」


成人式はその地域ごとに行われていることなので、内容が少しずつ違ったりするのだ。スケジュールや規模、それに贈呈品の中身などだ。


へえ、と呟きながらハガキを見ていた雨空が、ばっ、と顔を上げる。


「わたし来年じゃないですか!」


「そうだぞ」


「うわあ、帰るの面倒くさい……」


「わかる……」


普通に大学の講義もはじまっているタイミングなので、場合によっては成人式に出たら次の日の講義に間に合うように帰らなければならないのだ。優しさが足りない。


「まあ、そんなわけでスーツが必要なんだよ。それに、どうせすぐに就活で使うからな」


そう、自分で言ってて嫌になるワード、就活──就職活動だ。


現在2回生の俺は、今年の4月から3回生。就活って卒業年度の4回生からするものでは? と思っていたが、どうやら違うらしい。


「あー、インターンですか」


そう、インターン──正式名称はインターンシップ、だったか──である。


企業によって内容は様々ではあるが、就業内容を体験したり、事前に組まれたプログラムをこなしたりとするもので、これが面接などにも響いてくる──らしい。


よくわからないが、とりあえず行っておくべきだ、とだけは聞いている。


「というわけで、スーツを買いに行くんだが」


「はい」


ここで、大きな問題がひとつ。


「自分ではどれがいいのかわからねえ……」


スーツ自体の色やデザインはともかく、ネクタイやシャツとのバランス、そしてそもそもそれらが自分に似合っているのかはまったくわからない。ファッションを疎かにしてきた結果である。


「だから、雨空について来てもらえると助かる」


そう言うと、雨空の目がキラリ、と光った。


「久しぶりに先輩をコーディネート出来るわけですね! 任せてください! 本気でいきますよ……!」


あからさまにテンションの上がった雨空を見ながら、不安がこみ上げてくる。


スーツを選ぶのにコーディネートって大丈夫か……? フォーマルな感じで頼むぞ?

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