第5話 ケーキと解禁

「先輩、この箱なにかわかります?」


夕食後、雨空はそう言って見覚えのある箱を取り出した。


「ケーキの箱、だな」


それも、ただのケーキ屋の箱ではない。いつぞやのお高いケーキの店の箱だ。


その箱から出てきたのは、2種類のケーキ。


「こっちがマロンで、こっちがお芋らしいです」


片方は茶色、もう一方は黄色がメインのケーキは、見るからに秋、という感じだった。


「高いだけあって品格があるな」


「ケーキの品格……? おしゃれ、とかじゃなくてですか?」


「なんとなく言っただけだ。深く考えるのはやめろ」


適当に言ったことにしっかり反応されると途端に恥ずかしくなる。ケーキの品格とか知らねえ。


ケーキを出したあと、雨空があらかじめ沸かしていたお湯をマグカップに入れて、紅茶を入れてくれる。


「さて、どっちから食べます?」


「そう、だな……。栗から食うか」


「じゃあわたしもそうします」


そう言って、雨空は俺と同じくマロンのケーキを正面に持ってくる。


フォークを刺して、ひと口。


「おお……栗だな。めっちゃ栗」


そんな語彙力のない感想に、雨空も同意のようで、


「栗ですね。めっちゃ栗です」


と、頷いている。


そう、栗なのだ。栗。超栗。それ以外になんと言えばいいのかわからない。


爆発的な栗の風味と、濃厚な栗のクリーム、それに上に乗っている栗。


とにかく、栗だった。


それから雨空と共に、


「栗だな」


「栗ですね」


と言い合いながら、マロンのケーキを完食。


次の芋のケーキに移る。


ひと口運ぶと、しっかりと芋の甘さが口に広がる。


「お、甘いな。あんまりケーキ感ないけど」


「ですね。どっちかというと、スイートポテト、みたいな感じですね」


「クリームがあるからケーキってわかるけど、半分はスイートポテトだなこれ」


そうは言っても、美味いのは変わらないわけで。


すぐに食べ切った俺たちは、紅茶で一息をつく。


「甘いものを食べたあとの紅茶って、美味しいですよね……」


雨空は、ほぅ、と幸せそうに息を吐いている。


「なんか、口の中が落ち着くんだよな」


「わかります。ホッとします」


ふぅ、とか、ほぅ、とか、どちらともなく吐息を漏らしながら、温かい紅茶を飲む。


のんびりとした空気感の中、何かを忘れている気がした。


なんだっただろうか……。楽しみにしていた気がするのだが……。


誕生日……。20歳……。


「あ! そうだアレだ!」


「? どうしたんです?」


首を傾げる雨空を置いて、台所へ向かう。目的は冷蔵庫だ。扉を開けると、昼に買って放り込んだレジ袋が入っている。その中から、缶を取り出した。


リビングに戻ると、雨空は不思議そうにこちらを見ている。


「で、どうしたんです?」


「俺、今日で20歳だろ?」


「そうですね」


「だから、ついに解禁なわけだ」


ゴト、と音を立てて、その缶をテーブルに置いた。


「初、飲酒だ」


「そういえばそうでしたね。……程々にしてくださいよ?」


「まだ飲んでないんだが!?」


「先輩のことですから、毎日飲んで缶をそのまま、みたいなことになりそうです」


そう語る雨空の瞳は、確信している。


「まさか、俺がそんなダメ大学生の典型的なやつになると思うか?」


そんなはずないだろ。


だが、雨空は俺の確信とは異なる確信に、根拠をつけて、呆れたように言う。


「部屋はぐちゃぐちゃ、まともな食事をしない人がそれを言いますか……」


「……それもそうだな」


「納得するのはそれはそれでどうかと思いますけど」


「……事実だからなあ……」


すでにダメ大学生だった。


「いくらダメな大学生の先輩でも、タバコはやめてくださいね。ニオイが困るので。あと、わたしが煙嫌です」


「……やらねえよ」


「その間はいったい……?」


訝しげな雨空に、目を逸らしながら答える。


「い、1本だけ、吸ってみたいなー……とか、思ったり」


「……ダメですよ。そうやって結局やめられなくなるんですから」


はあ、とため息をついて、雨空は続ける。


「タバコを吸いはじめたら、ご飯作ってあげませんからね」


「絶対に吸いません」


俺に選択肢はなかった。

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