第12章 10月3日

第1話 デートといえば待ち合わせ

休日の駅というのは、案外人が多いものらしい。大きい駅でもないし、目玉になる施設があるわけでもないにも関わらず、最寄駅には大勢の人が歩いていた。


ざわざわと、至るところから音が聞こえる駅前で、俺は雨空を待っていた。


今日は、以前に雨空と約束していた旅行、というか遠足のようなものだ。


行き先は水族館。


はじめて訪れる水族館に、ワクワクを抑えきれない部分はあるのだが、それよりも大きな緊張があった。


雨空いわく。


今日のこれは、デートらしい。


デート。なるほど。


……したことないんだが。


こちとら、小学生の頃に恋愛観を拗らせてから早10年ほど。


一切の恋愛事を絶って生きてきたのだ。


まさか、こんな形でデートを体験することになるとは。


そんなわけで、俺には少しの緊張があった。


それには、状況が影響している、というのもあるだろう。


雨空のマンションと俺のアパートは隣同士なので、駅まで一緒に行けばいい、と思っていたのだが──


「せっかくのデートです。待ち合わせをしましょう」


と、雨空が食い気味に言ってきたのだ。


そして、勢いに押された結果、俺は今、駅の前で、雨空を待っている。


普段の待ち合わせと違い、デートのための待ち合わせ、という名目がついているだけにも関わらず、なぜか緊張してしまう。


家を出る前も緊張してしまい、なんとなく早く家を出た結果、待ち合わせの9時より30分も早く着いてしまっていた。


まあ、元々先に着いて、やっておきたかったことがあるのでいいのだが。


その用をさっ、と済ませ、残りの時間を潰すべく、ロータリーに設置されているベンチへと腰掛けているのが現状だ。


空を見上げれば、雲ひとつない、とまではいかないが、それなりに良い天気だ。優しく肌を撫でる風も、心地良い。


こんな日は昼寝日和だな、なんて感じながら、腕時計で時間を確認する。


8時40分。


まだ待ち合わせには20分もあるらしい。


緊張はあるものの、20分は暇だな、と感じながら、雨空が歩いてくるであろう方向を見る。


しばらくすると、人の往来の中に、見慣れた──いや、普段よりもさらに磨きのかかった美少女が現れる。


「お待たせしました、先輩」


そう言って、雨空は俺の前へと立つ。


ふわ、と風に舞うのは、白のスカート。いや、白のワンピースだ。


ふと、そう言えば、前に白ワンピースの話をしたな、と思い出す。


さすがに真夏ではないので、麦わら帽子はかぶっていないが、爽やかで清楚な感じがよく似合っている。


メイクは普段通り薄めのナチュラルメイクだが、今日は普段よりほんの少しだけ気合が入っているように見える。


「せ、先輩。あまり見つめられると、その……」


そう言って、雨空は少し恥ずかしそうに頬を染める。


「あ、悪い……。その、なんだ。似合ってるな、と思って」


と、素直に告げておく。女の子が着飾ってくれたときは褒めておくものだ、というのはよく聞く話ではあるし、なにより俺と出かけるために手をかけてくれたことは素直に嬉しい。


「あ、ありがとうございます……」


雨空は、さらに頬を染めながら、口元に手を当てていた。


「というか、早いな」


現在時刻は8時43分。本来の待ち合わせより、約15分ほど早い。


「それは先輩もじゃないですか。というか、先輩の方が早かったですし」


「いや、まあ、そうなんだが」


「それだけ楽しみにしてもらえてると思うと、嬉しいですけど」


「それは俺もそう思う」


言ってて恥ずかしくなってきた。


「ま、まあ、せっかく早く集まったんだ。そろそろ行くか」


そう言って、ベンチから立ち上がる。


「はい!」


ふと、デートなのだから手を繋ぐべきか、と思ったものの、俺たちは恋人ではないのだから構わないか、と思い直す。


だが、同じことに気付いたのだろう。雨空が、控えめに、それでいてしっかりと俺の手を握る。


思わず雨空を見ると、恥ずかしそうに、それよりも嬉しそうに笑みを浮かべる。


……まあ、デートだしな。


そう考えて、俺は少しだけ、雨空の手を握り返した。

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