第4話 昼食と夕食

それから、しばらくの沈黙を挟んで落ち着いてから、俺たちは早めの昼食を取るために食堂へと来ていた。


昼休みがはじまると、溢れんばかりの人が集まる食堂ではあるが、まだ2限目の時間ともなると、人の座っている席は少なかったりする。そのおかげで、席を探す手間もなく、うるさくもないので落ち着いて昼食を取ることが出来るのだ。


俺はいつも通りにこの食堂の最安値、そして最高のコストパフォーマンスを誇るカレーの食券を購入する。この暑い時期に熱いカレーを食べるのか、という疑問があるかもしれないが、食堂にはしっかりと冷房がかかっているため、問題はない。むしろ寒いくらいだ。その冷気をさっきの講義室に分けてくれ。


そんな考える意味もないことを考えているうちに、カレーが出来たらしく、カウンターへと置かれる。それを受け取り、食堂の端の席へと座る。


しばらくして、雨空がトレーに器を載せて、正面へと座った。


「またカレーですか」


「夏休みの間は食ってなかったし、久しぶりだけどな」


「それもそうですね。夏休みの先輩の食事はわたしが管理してましたからね」


「……それだけ聞くと結構やばいな。……いや、それが事実なのも問題か……」


どこか自慢げな雨空にそう返す。俺の健康が雨空に握られはじめている……。ちなみに胃袋はすでに掴まれている。だってマジで美味いんだもん……。


着々と雨空に浸食されている俺の生活事情を考えることをやめ、雨空のトレーの上を見る。


「で、それはなんなんだ?」


器の中には、赤色の鮮やかな刺身と、山芋をすり下ろしたものである、とろろが隙間から見える米に乗っかっている。


「漬けマグロ丼、らしいです」


「へー、そんなのこの食堂にあったのか」


そう言いながら、カレーを口に運び、もしゃもしゃと食らう。うん、可もなく不可もなくな味。


「期間限定らしいですよ。食堂でもチェーン店みたいなことするんですね」


「ずっと同じメニューだと飽きるやつも多いんじゃないか? この辺りに飯食えるところはねえけど、ちょっと歩けば駅前繁華街で飯食えるし。その辺り、客引きの意味も考えてるんじゃないか?」


「なるほど、大学の食堂でも結構大変な他店舗との競合、みたいなことか起こっている、ってことですか」


「あくまでも俺の予想だけどな。……まあ、2限と3限が連続してるやつはここで食うだろうけど」


昼休みを挟み、講義の連続している場合、他の店で食べて戻ってくるのは難しい。移動に時間がかかるだけでなく、駅前繁華街の店は、昼食時には混雑するからだ。


他の昼食を取る方法といえば、コンビニで買ったものを食うか、もしくは家から持ってきた弁当を食うか、の二択だ。


ただ、コンビニ飯は数が限られている。そして、その数があまり多くないのだ。


自宅から弁当を持ってくるのはほとんどが実家生だ。恐らく、親に作ってもらっているのだろう。実家生はあまり感じていないだろうが、下宿生から見れば、ありがたい話だ。食事を作ってくれる人がいる、というのは、当たり前ではないのだ。


……今、当たり前のように目の前に座る後輩に、食事を作ってもらっている俺が言っても説得力はないだろうが。


大して量のないカレーの最後のひと口を放り込み、咀嚼し、飲み込んでから、浮かんだ疑問を口にする。


「そういえば、雨空はこの後の講義、何取ってるんだ?」


んく、と口の中のものを飲み込んだ雨空が、カバンからスマホを出した。しなやかな指が、画面の上を走る。


ぼう、とその様子を見ていると、こちらへと画面が差し出された。


「こんな感じです」


そこに映っているのは、大学の専用アプリだ。最近リリースされたらしく、洗練されたデザインだ、とは言い難い。だが、これまでサイトに移動しなければならなかった手間を考えると、これでも無いよりマシだとは思える。


そんなアプリが見せる画面は、講義の名前が並んでいる。いわゆる時間割、というやつだ。それを見ながら、自分のスマホを出し、同じ画面を、正確には、少し文字の違う画面を出す。


「……午後の講義は別みたいだな」


そう言うと、雨空が俺の手元へと顔を近づける。見やすいように2つのスマホを雨空側に傾ける。


「……ほんとですね。わたしは3限で終わりですけど、先輩は4限までですか」


「おう。先に帰っててくれ」


「わかりました。夕飯、何か希望とかあります?」


「んー……そうだな……。あ、魚食いたいな。そろそろ旬のやつ」


「さんまとかですか?」


「さんまはちょっと……。骨が多すぎる」


「子どもですか……。うーん、ちょっと早い気もしますけど、サバとかにしますか」


「お、いいな。サバで頼む」


「わかりました。……と、そろそろ時間ですね」


ちら、と腕時計を確認すると、講義時間の15分前だ。少し早いが、まあ移動してしまってもいいだろう。


トレーを返却口へと片し、食堂を出る。


来た時よりもさらに暑くなった空気に顔をしかめる。


「じゃ、また後でな」


「はい、また」


そう言って、俺たちはそれぞれ、次の講義室へと向かった。

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