第14話 優しい光に密かな決意を

花火大会の締めといえば、大量に打ち上げられる花火だったり、柳と呼ばれる花火だったりと、派手なものが多い。


しかし、手持ち花火の締めといえば、これ以外には思い付かないだろう。

そう、線香花火だ。


ひと足早く線香花火を手に取った雨空は、小さくしゃがんでそれを揺らさないようにじっと見つめていた。


ぱちぱちと、線香花火が心地よく音を立てる。その光が、雨空の瞳にも映っていた。


「ねえ、先輩」


ふと、雨空が声を出す。


「ん?」


「今日一日、楽しかったですか?」


「おう。昨年より遥かにな」


「なら、よかったです」


そう言って、雨空は柔らかに笑った。


「来年はもっと楽しくなるといいですね」


「だな」


そう答えて、俺は線香花火をろうそくに近づけ、火をつけた。


ぱちぱちと音を鳴らし、小さくも明るい光が、先を包んだ。


きっと楽しくなるだろう。そんな確信にも似た予感がある。


こいつと、雨空蒼衣といれば、きっとどんなことも楽しいだろう。


けれど、いつまでも一緒にいれるわけじゃない。


それは、俺だってよくわかっている。


そして選択のときは、必ずやってくる。俺が望もうが望まないが、時間という平等で、残酷なものが、その選択を迫ってくるのだ。


だから、この時間を、この後輩を、この女の子を、手放したくないと、共にいたいというのなら。


俺は、いつか必ず踏み出さなければならない。


たとえその結果が、今と、求めた関係と異なるものになるかもしれないとしても。


ぱちぱちと音を立てる線香花火が、音と光を失って、最後の力を振り絞るように、ぽとり、と鳴らした。


落ちた線香花火だったものを眺めて、ふと気づく。踏み出さないという選択肢を選ぶことを第一に考えなかったのだ。


そんな自分に驚いて、小さく苦笑が漏れた。


たった数ヶ月でも、人の心や考えはじわじわと変わっていくものらしい。


いや、変えられたのかもしれない。


もしそうならば、雨空蒼衣は恐ろしい女だ。


あれだけ引きずった傷を、人生の半分を共にしてきた呪いにも近いものを、半年に満たない期間で埋めて、消し去ろうとしているのだ。


ちらり、と雨空を見る。


線香花火に照らされた横顔が、妙に綺麗に見えた。


心臓が跳ねる。


まったく、この後輩は。意識的にも無意識にも、俺をかき乱すことが得意らしい。


新しい線香花火に手を伸ばし、それに火をつける。


またもそれは、ぱちぱちと音を立てて、光を弾けさせる。


なんだかその光は、最初のものよりも、明るく輝いて見えた。

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